16 / 72
この蝶々は蛾にも変身します
⑥
しおりを挟むどうしても答えさせたい藤堂が蝶々をしつこく見ていると、蝶々はテーブル越しに座っている藤堂にまたあのベレー帽をかぶせた。
「やっぱり、似合いますね」
蝶々はベレー帽によってぺちゃんこになっている藤堂の前髪を、上手に横に流した。
「蝶々、後藤と変な約束をしてないよな?
後藤を本気にさせるなよ。お前とあいつは仕事上のつきあいだけだ、分かってるか?」
ベレー帽をかぶらされた可愛らしい藤堂の言葉は、きっと蝶々には響いていない。目をハートにしている蝶々の意識は、ベレー帽をかぶった藤堂に釘付けだから。
「蝶々、お前は仕事においての自分の欠点を分かってるか?」
藤堂はベレー帽を脱いで、真剣に蝶々に話しかけた。蝶々はやるせない視線を藤堂に向ける。
「そんなの誰よりも分かってます…
こう見えて、自分の欠点に何度も向き合っているんです。改善したかどうかは別として」
「何度も?…」
「はい、世間一般の常識から外れた人間だったので」
蝶々はもう開き直った顔をしている。
「蝶々は小さい頃はどんな女の子だったんだ?」
その藤堂の問いに、蝶々は柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔は、藤堂を蝶々の甘い世界へ誘うそんな力がある。
「多分、今のまんまですよ。
う~ん、でも、今の私になってしまったのにはちょっとしたきっかけがあって」
「きっかけ?」
「でも、長くなりますよ。明日も仕事で朝が早いし、今度にしませんか?」
藤堂は考えてみれば蝶々の事を何も知らない。何も知らな過ぎて逆にそれが大きなストレスになっていた。
「じゃ、いつにする? 俺は明日でもいいんだけど」
……子供か? 俺は。
「というか、藤堂さん、彼女さんは大丈夫なんですか?」
「彼女さん??」
藤堂は蝶々の間違いだらけの思い込みを、以前、正したことがある。あの時も彼女はいないと何度も言ったはず。
「彼女なんてもう三年はいないよ」
「え~~、そうなんですか?」
藤堂はこの件に関してはスルーした。蝶々の脳内は興味のない事柄は聞いていない事となる。今の藤堂には、それを認める事は辛過ぎる。
「でも、明日は私、大切な用事があって……」
「あ、そうなんだ。じゃ、後藤のとこも行かないんだね」
蝶々は挙動不審者のようにキョロキョロとし始める。
「いや、あの、その……」
「何?」
藤堂がそう聞くと今度は蝶々の方が牙をむいてきた。
「明日は後藤先生と大切な約束をしてるんです。だから、明日は忙しいんです」
「後藤と仕事以外で約束をしてるのか?」
蝶々は席を立った。後藤に自分の漫画の原稿を見てもらうなんて口が裂けても言えない。
「藤堂さん、もう遅いですから帰りましょ」
蝶々はベレー帽をかぶるとそそくさと店から出た。
「蝶々、まだ質問に答えてないぞ」
藤堂は店から出て蝶々の腕を掴んでそう言った。
「藤堂さん、後藤先生には仕事で会うんです。別に何も特別な理由はないですから」
藤堂は掴んでいた蝶々の腕を静かに離した。
……俺は何をやってる? 蝶々は俺のものじゃないだろ?
「ごめんな、そうだよな、俺は、もうお前達の事に口は出さないって約束したんだよな…
今日はただそのベレー帽を渡しに来ただけなのに…
全く、どうかしてるよ」
藤堂はそう言うと、駅の改札に向かって歩き出した。
「蝶々、どうした? 行くぞ」
蝶々は何だか分からないけれど涙がこぼれそうになった。藤堂の背中を見ていると胸がギュッと締め付けられる。
……藤堂さんが寂しがってる?
蝶々はこみ上げてくる涙を何度も飲み込んだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる