ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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この蝶々は蛾にも変身します

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 どうしても答えさせたい藤堂が蝶々をしつこく見ていると、蝶々はテーブル越しに座っている藤堂にまたあのベレー帽をかぶせた。


「やっぱり、似合いますね」


 蝶々はベレー帽によってぺちゃんこになっている藤堂の前髪を、上手に横に流した。


「蝶々、後藤と変な約束をしてないよな?
 後藤を本気にさせるなよ。お前とあいつは仕事上のつきあいだけだ、分かってるか?」


 ベレー帽をかぶらされた可愛らしい藤堂の言葉は、きっと蝶々には響いていない。目をハートにしている蝶々の意識は、ベレー帽をかぶった藤堂に釘付けだから。


「蝶々、お前は仕事においての自分の欠点を分かってるか?」


 藤堂はベレー帽を脱いで、真剣に蝶々に話しかけた。蝶々はやるせない視線を藤堂に向ける。


「そんなの誰よりも分かってます…
 こう見えて、自分の欠点に何度も向き合っているんです。改善したかどうかは別として」


「何度も?…」


「はい、世間一般の常識から外れた人間だったので」


 蝶々はもう開き直った顔をしている。


「蝶々は小さい頃はどんな女の子だったんだ?」


 その藤堂の問いに、蝶々は柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔は、藤堂を蝶々の甘い世界へ誘うそんな力がある。


「多分、今のまんまですよ。
 う~ん、でも、今の私になってしまったのにはちょっとしたきっかけがあって」


「きっかけ?」


「でも、長くなりますよ。明日も仕事で朝が早いし、今度にしませんか?」


 藤堂は考えてみれば蝶々の事を何も知らない。何も知らな過ぎて逆にそれが大きなストレスになっていた。


「じゃ、いつにする? 俺は明日でもいいんだけど」


……子供か? 俺は。


「というか、藤堂さん、彼女さんは大丈夫なんですか?」


「彼女さん??」


 藤堂は蝶々の間違いだらけの思い込みを、以前、正したことがある。あの時も彼女はいないと何度も言ったはず。


「彼女なんてもう三年はいないよ」


「え~~、そうなんですか?」


 藤堂はこの件に関してはスルーした。蝶々の脳内は興味のない事柄は聞いていない事となる。今の藤堂には、それを認める事は辛過ぎる。


「でも、明日は私、大切な用事があって……」


「あ、そうなんだ。じゃ、後藤のとこも行かないんだね」


 蝶々は挙動不審者のようにキョロキョロとし始める。


「いや、あの、その……」


「何?」


 藤堂がそう聞くと今度は蝶々の方が牙をむいてきた。


「明日は後藤先生と大切な約束をしてるんです。だから、明日は忙しいんです」


「後藤と仕事以外で約束をしてるのか?」


 蝶々は席を立った。後藤に自分の漫画の原稿を見てもらうなんて口が裂けても言えない。


「藤堂さん、もう遅いですから帰りましょ」


 蝶々はベレー帽をかぶるとそそくさと店から出た。


「蝶々、まだ質問に答えてないぞ」


 藤堂は店から出て蝶々の腕を掴んでそう言った。


「藤堂さん、後藤先生には仕事で会うんです。別に何も特別な理由はないですから」


 藤堂は掴んでいた蝶々の腕を静かに離した。

……俺は何をやってる? 蝶々は俺のものじゃないだろ?


「ごめんな、そうだよな、俺は、もうお前達の事に口は出さないって約束したんだよな…
 今日はただそのベレー帽を渡しに来ただけなのに…
 全く、どうかしてるよ」


 藤堂はそう言うと、駅の改札に向かって歩き出した。


「蝶々、どうした? 行くぞ」


 蝶々は何だか分からないけれど涙がこぼれそうになった。藤堂の背中を見ていると胸がギュッと締め付けられる。

……藤堂さんが寂しがってる?

 蝶々はこみ上げてくる涙を何度も飲み込んだ。


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