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この蝶々は蛾にも変身します
②
しおりを挟む蝶々と後藤は小さなちゃぶ台に二人で肩を合わせ、有名な漫画家の絵の模写をしている。蝶々の漫画に向かう姿勢はいつも真剣そのものだ。後藤に模写を教えるはずが自分の方が没頭している。
「蝶々さん、めっちゃ上手いですね」
後藤は本心でそう言った。
「でも、私には光るものがないんです」
そう言いながらも、蝶々のペン先は動いている。後藤は手を止めて、蝶々の模写するペン先を見ていた。太い線、細い線、力の入れ具合で様々な線になる。
「私は本当に漫画家になりたくて、こうやってたくさんの漫画の模写をしてきました。絵はたくさん描けば描くだけ上手くなります。
でも、物語の構成がどうしても弱くて才能がなくて……
はぁ、後藤先生が本当に羨ましいです……」
蝶々はずっと動かしていたペンを止めた。後藤はそんな蝶々の横で静かにペンを動かし始める。
テレビを観ているふりをしていた藤堂がようやく動き始めた。伸びてきた髪をいじりながら、さりげなく後藤とは反対側の蝶々の隣に座った。
「編集者が担当の漫画家さんに言う話じゃないだろ?」
蝶々は泣くのを必死に堪えていた。この会社に入ってから、二班の人達とお酒を飲むたびにこの件についていつも言って聞かされた。
“自分に才能がないんだったら、才能ある漫画家さんの手助けをして蝶々の夢を叶えればいい”
それは分かってる、分かってるけど……
蝶々はまたひたすらペンを動かし始める。藤堂の気配すら気付かないほどに……
後藤は蝶々の大きな瞳にたくさんの涙が溜まっていることに気付いていた。
「蝶々さん、今度、僕とデートしてください。
デートって言っても変な意味じゃなくて……
僕の今までの人生は辛い事が多すぎてあまり楽しい事を知りません。よりよい作品を作るには、たくさんの経験をして自分の中の引き出しをたくさん作ることですよね?
楽しい事をもっと知りたい……
蝶々さんと一緒にいれば、不思議と安心するんです」
蝶々は驚いた様子で後藤の顔を見ている。
「後藤君、誰かとデートがしたかったら他の誰かを紹介するよ。この間も言ったように蝶々は君のおもちゃじゃないんだ。編集者と漫画家という立場をちゃんと理解してほしい…」
後藤心はとにかくこの藤堂の事が邪魔でしょうがなかった。
「僕の担当は蝶々さんですよね?
藤堂さんがそう言ったんじゃないですか?
それにこの間、蝶々さんは僕のためなら何でもしてくれるって言ってくれた」
後藤の中で蝶々は全てになっていた。
ホッパー編集部に初めて原稿を持ち込んだ時に、たまたま廊下で蝶々とすれ違った。その時から自分の担当は城戸蝶々と決めていた。こんなに綺麗で可愛い女の人を見たことがない。
……担当編集者と漫画家?
そんな事、どうでもいい。蝶々の夢が漫画家なら自分がその夢を叶えてやる。ホッパーで最高の漫画家になれというのなら受けて立つ。それが二人の幸せに繋がるのなら、喜んでやるだけだ。
「デート…… いいですね。いつか一緒に行きましょう。先生が銀龍賞で大賞をとったら……」
蝶々はしてやったりな顔をして藤堂を見た。でも、藤堂はそんな蝶々を無視して、窓から見える外を眺めていた。
その日の帰り、蝶々は藤堂の後ろを静かに歩いている。さっきの後藤との言い合いの後から、藤堂の機嫌が悪いのは間違いない。蝶々は後藤の家から駅までの距離を、何も喋らずに歩いた。
「ほら、貸して」
急に藤堂が振り返り、蝶々の持っている荷物をさりげなく取り上げる。
「藤堂さん、もし怒ってるのならごめんなさい」
蝶々は荷物を持って前を歩く藤堂にそう言った。藤堂は歩く速度を緩めて蝶々の隣に立つと、面倒くさそうに笑った。蝶々はそんな藤堂の前髪を横に払った。
「藤堂さん、前髪伸びすぎですよ。せっかくのイケメンが台無しじゃないですか~?」
藤堂はわざと蝶々の前で前髪をブルンブルンと振って見せ、そして、蝶々のベレー帽を取り上げ自分の頭にかぶせた。
「藤堂さん、ヤバイ、すごく可愛いです…」
すると藤堂は急に蝶々を抱きしめ、そして、こう囁いた。
「蝶々、俺って邪魔か?」
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