ココロオドル蝶々が舞う

便葉

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残念ながら華麗には舞えません

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「甘ちゃんってことですよ。
 漫画家になろうとしてるくせに、真っ直ぐな線一本も引けてないじゃないですか。色々な漫画家の先生の模写をして練習する、それをやってない証拠です。
 私が本当に担当になれるのなら、まずは真っ直ぐな線を何本も描かせます。確か、彼はデジタル仕様ではないと聞きました。なら、尚更。
 目がしょぼしょぼしようが、真っ赤に充血しようが、白めに筋が入って血走ったドライアイになっても…」


「蝶々、もう、いい。
 俺達の方が目が痛くなってくるだろ、やめろ…」


 藤堂にそう言われ、蝶々はしゅんとなった。


「蝶々、実は、お前と藤堂で後藤の担当になるんだ。
 とにかく、後藤には次の銀龍賞あたりで大賞をとってもらって、連載に持っていけたらと思ってる。

 蝶々、へますんなよ。
 後藤は見た目の美しい蝶々に今は魅了されてるから、上手におだてていいものを描かせろ」


 里田はそう言うと、藤堂によろしくと目で合図をした。




 蝶々がデスクに戻ると、二班の仲間が待ち構えていた。


「蝶々、やっときたか?」


「待ちに待った担当デビューか?」


 二班はチーフの藤堂を筆頭に石原康太、浅岡達也、それと蝶々の四人チームだ。


「石原さん、浅岡さん、やっと、担当を持たせてもらいました」


 蝶々は二人にピースをして見せた。二班の仏と言われている心優しい石原は、もうすでに目頭を押さえている。


「蝶々と同期で入った奴らは全員が去年担当デビューできたのに、蝶々は、ずっと雑用ばっかりでさ」


 石原はそんな健気な蝶々を思い出し、また胸が熱くなる。


「で、誰の担当になったんだ?」


 石原とは正反対のクールな浅岡がそう聞いてきた。


「はい、新人の後藤心先生です」


 屈託のない笑顔を浮かべてそう言う蝶々をよそに、二人とも絶句して藤堂を見た。


「藤堂さん、後藤って、あの“ギャンブルブック”を描いたあの?」


「そうだ…」


 三人は目を合わせて頭を抱え込んだ。

 引きこもりでナイーブな孤高の天才、後藤心…
 そんな繊細な彼は、城戸蝶々によってなぶり殺されるかもしれない…





「蝶々、後藤君の家に行く前に、ちょっと打ち合わせするぞ」


 藤堂は蝶々を自分のデスクに呼んだ。


「基本、俺はできるだけ口は出さないつもりでいる。だから、後藤の担当はお前だ。でも、一つだけ守ってもらいたいのは、後藤の絵に関しては厳しくしてもかまわかないが、ストーリーの構成に関してはまずは彼の好きなようにさせること。
 あと、絵は…
 ま、お前も漫画家志望で相当繊細な絵を描き込んできてるから、絵の指導は好きにやってもいい。
 まずは、銀龍賞に向けてネームを描かせること。それが、まずは一番の仕事だ」


 蝶々は藤堂の一語一句をスケジュール帳に箇条書きをしている。蝶々は完全なアナログ人間だ。全ての事柄を自分の文字で書かないと気が済まない。


「藤堂さんは、他の担当の先生の事はどうするんですか?」


「ちゃんとやるよ。今まで以上にね。
 でも、蝶々、頼むから、何も問題を起こさないでくれよ」


 蝶々は藤堂の顔を真っ直ぐ見て真剣に頷いた。そして、その後にあのほっこり笑顔を藤堂に見せる。

 蝶々の媚薬……
 皆、あの笑顔に惑わされる……

 蝶々は初めての大仕事に武者震いをしていた。こんな私に、幸運が一気に空から舞い降りてきた。
 絶対、成功させる、絶対、物にする、絶対、有名になる。

 そして、藤堂和成…
 次期副編集長と噂されている敏腕編集者。私にとって神であり、カリスマであり、そして全知全能の存在だ。以前、藤堂さんに「ゴッドと呼ばせてください」と頼んだが、瞬殺で断られた。

 藤堂さんの手にかかった漫画家は、必ず出世する。
 漫画家の才能を殺すことなく、冴えない漫画家には新しい息を吹きかけ、その先は漫画家自身の切磋琢磨な努力により作品がより素晴らしいものに生まれ変わる。

 藤堂マジック……

 こんなに近くで今まで一緒に仕事をすることなんて皆無だった。
 “破壊の蝶々”と残念な異名を付けられている今を打開しなければ……

 ゴッド降臨ーーーーー

 藤堂さんの全てを、我が物にするチャンスを無駄にするわけにはいかない。



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