ココロオドル蝶々が舞う

便葉

文字の大きさ
上 下
1 / 72
残念ながら華麗には舞えません

しおりを挟む


「藤堂、ちょっといいか?」


 ここは、いわゆる男の世界、少年週刊誌「ホッパー」の編集部。二班チーフの藤堂は、今回二班が新人賞の担当班という事で、ざっと応募者リストを見ていた。


「はい、何でしょうか? 里田編集長」


 藤堂は、長めの坊主を金髪に染めたまたの名をファンキー里田と呼ばれている敏腕編集長の前に立った。


「あのワケあり新人の事なんだけど…」


「あ~、あの漫画では天才、私生活は究極のひきこもりの後藤心君ですか?」


 里田は頭を掻きむしりながら藤堂を見た。


「そう、その後藤心の担当を蝶々にさせようかと思ってるんだが…」


 里田は藤堂の表情を伺っている。


「いや~、蝶々では無理だと思いますよ。
 蝶々はあの独特の世界観を漫画家さんに押し付けるところがあるし、というより、もっとその前の段階で、あの後藤君と合うとはちょっと思えないんですが…」


 里田は藤堂の見解を聞きながら、イケメンでワイルドその上優秀という美貌と才能を兼ね備えた部下を片腕として持てた事に感謝していた。


「それで、お前に折り入って頼みがあるんだ…」


「後藤心は、ホッパーが今一番期待をしている漫画家の一人だ。複数の会社から声がかかったのにも関わらず、わが社を選んでくれた。漫画はまだ粗削りだがストーリーのセンスは群を抜いて才能がある。
 その金の卵の後藤心が、なんと担当は蝶々を指名してきたんだ……」


 里田はすがるような目で藤堂を見ている。


「まあな…
 蝶々は見た目はスバ抜けて美人で皆の目を引くのは分かる。でも、実際は……」


「でも、実際は、グロ系漫画を愛してやまない現実逃避系オタク。
 編集の仕事に誇りを持っているが編集の仕事に全く向いていない。っていうか、上の人達はなんで蝶々をここに配属したんでしょうか?」


 里田は大きく首を横に振りため息をついた。


「それで、ここからが本題なんだが……
 後藤心の担当を蝶々と藤堂でやってほしいと思ってるんだ…」


「マジっすか?
 それってもう決定ですか…?」


 藤堂はガックリと肩を落とした。蝶々は決して悪い子じゃない。頑張りが空回りする典型的な人間だが、編集部の皆からは不思議と愛されている。
 顔とスタイルだけ見れば八割の男は蝶々に惚れる。でも、恐ろしく独特な性格に七割の男は去っていく。この編集部にいる男達は八割から七割を引いた一割の男達だ。
 そしてこの一割の男達は、蝶々の可愛らしい顔から出てくるおぞましい言葉の数々に少しだけ病みつきになっていた。皆、蝶々の毒のような魅力に本気にならないよう必死に足を踏ん張っている。もちろん、皆、本気になるほどの勇気は持ち合わせていない。そして、それは藤堂も一緒だった。


「藤堂、悪い… よろしく頼む…
 後藤に関しても、蝶々に関しても、お前に全てを一任する」


 藤堂は引き受けるしか道はなかった。それがしがないサラリーマンの宿命だ。


「蝶々、ちょっとここに来てくれ」


「はい、何でしょうか?」


 今日の蝶々は、肩下まである髪を束ねることなく裾の方で柔らかく巻いている。髪は明るい栗色で、化粧は簡単なものだけれど素材だけで美しさは圧倒的だ。


「蝶々、お前にこの会社の社運がかかるような仕事がきた」


 里田は諦めの表情で、でも笑いながら蝶々にそう言った。


「な、何ですか?」


 蝶々はもうすでにわなわな震えている。


「ホッパー期待の新人、後藤心の担当にお前が選ばれた。後藤心だぞ、分かってるか?」


 蝶々は急に冷静になり、いつもの物知り顔で鼻で笑った。


「あの、画力がまだまだのミルク坊やですね…」


「何だよ、ミルク坊やって?」


 里田が聞く前に、藤堂がそう問い詰めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...