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残念ながら華麗には舞えません
①
しおりを挟む「藤堂、ちょっといいか?」
ここは、いわゆる男の世界、少年週刊誌「ホッパー」の編集部。二班チーフの藤堂は、今回二班が新人賞の担当班という事で、ざっと応募者リストを見ていた。
「はい、何でしょうか? 里田編集長」
藤堂は、長めの坊主を金髪に染めたまたの名をファンキー里田と呼ばれている敏腕編集長の前に立った。
「あのワケあり新人の事なんだけど…」
「あ~、あの漫画では天才、私生活は究極のひきこもりの後藤心君ですか?」
里田は頭を掻きむしりながら藤堂を見た。
「そう、その後藤心の担当を蝶々にさせようかと思ってるんだが…」
里田は藤堂の表情を伺っている。
「いや~、蝶々では無理だと思いますよ。
蝶々はあの独特の世界観を漫画家さんに押し付けるところがあるし、というより、もっとその前の段階で、あの後藤君と合うとはちょっと思えないんですが…」
里田は藤堂の見解を聞きながら、イケメンでワイルドその上優秀という美貌と才能を兼ね備えた部下を片腕として持てた事に感謝していた。
「それで、お前に折り入って頼みがあるんだ…」
「後藤心は、ホッパーが今一番期待をしている漫画家の一人だ。複数の会社から声がかかったのにも関わらず、わが社を選んでくれた。漫画はまだ粗削りだがストーリーのセンスは群を抜いて才能がある。
その金の卵の後藤心が、なんと担当は蝶々を指名してきたんだ……」
里田はすがるような目で藤堂を見ている。
「まあな…
蝶々は見た目はスバ抜けて美人で皆の目を引くのは分かる。でも、実際は……」
「でも、実際は、グロ系漫画を愛してやまない現実逃避系オタク。
編集の仕事に誇りを持っているが編集の仕事に全く向いていない。っていうか、上の人達はなんで蝶々をここに配属したんでしょうか?」
里田は大きく首を横に振りため息をついた。
「それで、ここからが本題なんだが……
後藤心の担当を蝶々と藤堂でやってほしいと思ってるんだ…」
「マジっすか?
それってもう決定ですか…?」
藤堂はガックリと肩を落とした。蝶々は決して悪い子じゃない。頑張りが空回りする典型的な人間だが、編集部の皆からは不思議と愛されている。
顔とスタイルだけ見れば八割の男は蝶々に惚れる。でも、恐ろしく独特な性格に七割の男は去っていく。この編集部にいる男達は八割から七割を引いた一割の男達だ。
そしてこの一割の男達は、蝶々の可愛らしい顔から出てくるおぞましい言葉の数々に少しだけ病みつきになっていた。皆、蝶々の毒のような魅力に本気にならないよう必死に足を踏ん張っている。もちろん、皆、本気になるほどの勇気は持ち合わせていない。そして、それは藤堂も一緒だった。
「藤堂、悪い… よろしく頼む…
後藤に関しても、蝶々に関しても、お前に全てを一任する」
藤堂は引き受けるしか道はなかった。それがしがないサラリーマンの宿命だ。
「蝶々、ちょっとここに来てくれ」
「はい、何でしょうか?」
今日の蝶々は、肩下まである髪を束ねることなく裾の方で柔らかく巻いている。髪は明るい栗色で、化粧は簡単なものだけれど素材だけで美しさは圧倒的だ。
「蝶々、お前にこの会社の社運がかかるような仕事がきた」
里田は諦めの表情で、でも笑いながら蝶々にそう言った。
「な、何ですか?」
蝶々はもうすでにわなわな震えている。
「ホッパー期待の新人、後藤心の担当にお前が選ばれた。後藤心だぞ、分かってるか?」
蝶々は急に冷静になり、いつもの物知り顔で鼻で笑った。
「あの、画力がまだまだのミルク坊やですね…」
「何だよ、ミルク坊やって?」
里田が聞く前に、藤堂がそう問い詰めた。
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