闇より来たりし者

平坂 静音

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血鎖 五

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(あら、イザー、来たのね)
 イザーはそれには応えず、私の方に向かって話しつづけた。
(だからこそ僕たちは同じく人間のどす黒い感情に引き寄せられるんだ。金が欲しい、女が欲しい、男が欲しい、地位が欲しい、憎い人間は不幸になればいい、邪魔な人間は消えろ、そういうさまざまな負の感情をためこんでいる人間に呼ばれ、応えようとするんだ)
 そこでイザーは、昔絵本で読んだピーターパンみたいに宙でくるりと舞った。
(僕らは、ちょうど瓶に封印されていた時期だったせいもあるけれど、今でも君の母親のそばに行こうとは思わない。何故だと思う? 君の母親は現状に満足して、とくべつ強烈な願望や欲望、他者への憎悪というのもあまり持たなかったからだ。そういう淡白な人間のところへは僕らも行くことはないんだ。僕らが長いこと美代によって瓶に封じこめられていたのは、美代自身が自分の欲望を制御して、もう僕らに頼みごとをしないようになり、周囲にもそれほど強烈な欲望や願望を持っている人間がいなかったからさ。あの家の人間は、皆、そこそこ自分たちの生活に満ち足りていたんだ)
 私は伯父夫婦やいとこたちを思い出してみた。言われてみれば、裕福で健康なあの人たちは、何が何でも欲しいという強烈な欲望を持ってなかったのかもしれない。いや、多少あっても、それは自分たちの力で手に入れられるものなんだろう。
(けれど、こちらに来てからは、たしかに感じるんだ。様々な欲望や願望、それに憎しみをね。それは僕らの眠りをさまたげるに充分なものだったんだ。若い女性の思念というのは、それほど強烈なものなんだ)
 イザーの大人ぶった言い方に私は腹がたつ。
「わ、私が、あんたたちを呼んだっていうの?」
 今やはっきりとどす黒く見えるイザーの影がその首を横にふる。
(最初のときは、君よりも、美菜や麻衣の感情の方がはげしく、君の想いや波動というのは、あまり感じられなかった。僕らは最初は美菜の方に呼ばれ、感応し、出会うことになったんだと思う)
 ふと思い出せば、たしかに最初にトヨールたちの瓶を見つけたのは美菜がいたときだ。
(そして、美菜の次には麻衣に感応したんだ)
(でも、今じゃ、二人ともあんなふうになってしまったし)
 ミミが鼻で笑うような仕草をした。
(私、やっぱり健康で自由な身体が欲しいわ。あの二人では駄目。……私ね、つくづく人間に尽くすだけで終わるのは嫌になったの)
 私は心の底から寒くなった。どうにかして必死に針をもつ手に力を入れた。剣道をやっていた高校時代の友人が、対戦相手と最初に向きあうときは下腹に力を入れると言っていたのを思い出し、お腹にせいいっぱい力をこめてみる。
「あ、あんたが私の身体に乗り移ったら、イザーはどうなるのよ?」
 ミミが本気で向かってくるのを長びかせたくて、私はそんなことを口にしていた。
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