122 / 141
戦い 三
しおりを挟む
「今ではその存在は忘れられ、もはやみずからトヨールを作ろうなどという呪術師もいないでしょう。せいぜい、貴重品が紛失したときに、あれはトヨールが盗っていったのだと冗談半分に人々がささやくぐらいです。ですが、このトヨールが特殊なのは、土や風など自然界のものや、獣が異形に変化した民間伝承の妖怪やお化けとちがって、もとはまぎれもなく人間の身体から作られたという点です。そしてそこに人間たちの意図や意思がからんでいることです。その点がトヨールという妖怪というのか、小鬼を厄介な存在にしているのです」
アレックスのやや低い声は、耳に心地良くすべりこんでくる。私は彼の言わんとするところをつかもうと、必死に耳をかたむけた。
「自然界から生じた妖怪が時の流れとともに消えていく、もしくは消えつつあるのにくらべ、または幽霊などの存在が、死者の霊魂が目に見えたものとして、まぁ、それなりに世間に信じられつつも聞きながされていくのに対し、トヨールという存在は、人間が、人間の身体の一部を使って作りだし、その後も血を与えて生命を永らえさせたせいか、なかなか消えてくれない厄介な存在になってしまった。……そして、今や自分たち自身の意思というものを持ってしまい、因縁のある人間にまとわりつくような危険なものになってしまった」
大学で講師や教授の説明を聞いているみたいな気分。実際、近くの席の人が聞いたら、民俗かなんかの研究でもしているのしら? と思うかも。
「しかし、何故そこまでトヨールが進化し変化したのか? 理恵さん、これは私の推測に過ぎないのですが、もしかしたら、あなたの曽祖母の、その美代さんという女性は、長崎で被爆されませんでしたか?」
一瞬、私の目は点になっていたろうと思う。
それぐらい言われたことが突拍子もなく、思いもよらない事だったのだ。
「え? あのぉ……」
いったい、いきなり何を訊いてくるのだ、この人は? と思ったけれど……、でも……私は頭のなかで記憶の網をたぐってみた。
そういえば……小学生の頃、夏休みに家族で長崎の舟木の家にお墓参りをかねて遊びに行ったとき……。
テレビを見ながら、皆でお寿司を食べていたときだろうか……。
ちょうど長崎の原爆記念日の前か後ぐらいで、テレビではさかんにそれに関するニュースが流れていた。あのとき、たしか美代お祖母ちゃんが言っていなかっただろうか?
(本当に、あのときは大変だった。私は、もう少しの所で危なかったよ。ちょうど、その日は、どうしても出かけないといけない用事があって、電車に乗って出かけていてね……。まぁ、被害にこそ遭わなかったのが幸運だったけれど)
幸いなことに同じ長崎県でも舟木の家がある辺りは被爆地から離れていたし、家族や親戚にも大きな被害はなかったという。勿論、恐ろしくて、大変だったことは大変だったろうけれど。
アレックスのやや低い声は、耳に心地良くすべりこんでくる。私は彼の言わんとするところをつかもうと、必死に耳をかたむけた。
「自然界から生じた妖怪が時の流れとともに消えていく、もしくは消えつつあるのにくらべ、または幽霊などの存在が、死者の霊魂が目に見えたものとして、まぁ、それなりに世間に信じられつつも聞きながされていくのに対し、トヨールという存在は、人間が、人間の身体の一部を使って作りだし、その後も血を与えて生命を永らえさせたせいか、なかなか消えてくれない厄介な存在になってしまった。……そして、今や自分たち自身の意思というものを持ってしまい、因縁のある人間にまとわりつくような危険なものになってしまった」
大学で講師や教授の説明を聞いているみたいな気分。実際、近くの席の人が聞いたら、民俗かなんかの研究でもしているのしら? と思うかも。
「しかし、何故そこまでトヨールが進化し変化したのか? 理恵さん、これは私の推測に過ぎないのですが、もしかしたら、あなたの曽祖母の、その美代さんという女性は、長崎で被爆されませんでしたか?」
一瞬、私の目は点になっていたろうと思う。
それぐらい言われたことが突拍子もなく、思いもよらない事だったのだ。
「え? あのぉ……」
いったい、いきなり何を訊いてくるのだ、この人は? と思ったけれど……、でも……私は頭のなかで記憶の網をたぐってみた。
そういえば……小学生の頃、夏休みに家族で長崎の舟木の家にお墓参りをかねて遊びに行ったとき……。
テレビを見ながら、皆でお寿司を食べていたときだろうか……。
ちょうど長崎の原爆記念日の前か後ぐらいで、テレビではさかんにそれに関するニュースが流れていた。あのとき、たしか美代お祖母ちゃんが言っていなかっただろうか?
(本当に、あのときは大変だった。私は、もう少しの所で危なかったよ。ちょうど、その日は、どうしても出かけないといけない用事があって、電車に乗って出かけていてね……。まぁ、被害にこそ遭わなかったのが幸運だったけれど)
幸いなことに同じ長崎県でも舟木の家がある辺りは被爆地から離れていたし、家族や親戚にも大きな被害はなかったという。勿論、恐ろしくて、大変だったことは大変だったろうけれど。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる