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六
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「……ええ」
さすがに今はもう義理だとは言わなかった。
「エマは気の毒だったねぇ」
キャロルの目は苦く笑っている。
「エマのこと、よく知っているの?」
「私がこの店に来たとき、エマとマダム……、当時はアメリーだったけれど、二人が店の一番手を競って争っていたときだったのよ。どっちが一番稼ぐか毎月のように競いあっていたわ。毎月、どっちが一番稼ぐか、あたしら使用人までこっそり賭けていたぐらい」
「へえ……」
コンスタンスはどう言っていいのかわからなかった。
エマはそういう女なのだろう。
娼館に行ったのは、たしかに父のためで嫌だったろうが、幸か不幸か勝気な彼女はそこでそれなりに戦い、競い、そこで勝つことを生きる糧にしていたようだ。
生みの母の過去の生きざまにコンスタンスは複雑な想いを噛みしめながら、訊ねた。
「それで、どっちが勝ったの?」
「勝ったり負けたりがつづいて、そのうちエマは借金を払い終わって、昔の恋人が迎えに来て……」
父のことだ。
「まぁ、ちょうどそのときマダムもパトロンになった客の男が金を出してくれてこの館の権利を買い取ったから、引き分けのまま終わったっていうことかしらね」
エマとガブリエルは仲が悪かったのだろうか。それでも葬式に来てコンスタンスに声をかけてくれたのだから、ガブリエルはエマを好敵手とみなしてそれなりに友情は持っていたのだろうか。そんなことを考えていたそのとき、キャロルが表情を変えてコンスタンスを見た。
「あんた、気をつけた方がいいよ」
「え?」
キャロルの口調は雑なものになっていた。それが本来の彼女の喋り方なのかもしれない。エマもときどき口調が変わることがあった。
「あんた、エマの娘だろう。マダムにとったら昔の仇の娘ということになるしさ」
「で、でも、エマが死んだとき心配して葬式に来てくれたんだし……」
「それであんたを娼館の仕事に誘ったんだろう?」
「メイドだけれど」
さすがに今はもう義理だとは言わなかった。
「エマは気の毒だったねぇ」
キャロルの目は苦く笑っている。
「エマのこと、よく知っているの?」
「私がこの店に来たとき、エマとマダム……、当時はアメリーだったけれど、二人が店の一番手を競って争っていたときだったのよ。どっちが一番稼ぐか毎月のように競いあっていたわ。毎月、どっちが一番稼ぐか、あたしら使用人までこっそり賭けていたぐらい」
「へえ……」
コンスタンスはどう言っていいのかわからなかった。
エマはそういう女なのだろう。
娼館に行ったのは、たしかに父のためで嫌だったろうが、幸か不幸か勝気な彼女はそこでそれなりに戦い、競い、そこで勝つことを生きる糧にしていたようだ。
生みの母の過去の生きざまにコンスタンスは複雑な想いを噛みしめながら、訊ねた。
「それで、どっちが勝ったの?」
「勝ったり負けたりがつづいて、そのうちエマは借金を払い終わって、昔の恋人が迎えに来て……」
父のことだ。
「まぁ、ちょうどそのときマダムもパトロンになった客の男が金を出してくれてこの館の権利を買い取ったから、引き分けのまま終わったっていうことかしらね」
エマとガブリエルは仲が悪かったのだろうか。それでも葬式に来てコンスタンスに声をかけてくれたのだから、ガブリエルはエマを好敵手とみなしてそれなりに友情は持っていたのだろうか。そんなことを考えていたそのとき、キャロルが表情を変えてコンスタンスを見た。
「あんた、気をつけた方がいいよ」
「え?」
キャロルの口調は雑なものになっていた。それが本来の彼女の喋り方なのかもしれない。エマもときどき口調が変わることがあった。
「あんた、エマの娘だろう。マダムにとったら昔の仇の娘ということになるしさ」
「で、でも、エマが死んだとき心配して葬式に来てくれたんだし……」
「それであんたを娼館の仕事に誘ったんだろう?」
「メイドだけれど」
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