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八
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そこでニール氏はエマを見た。ワインのせいで彼の曇ったような黒目に困惑が浮かんでいるのは、エマがばつの悪そうな顔をして、緑色の袖をせわしげに振っているからだ。ちがう、ちがう、という否定の意味に。
「え? ああ、そうか、いや、エマのことだと思って」
ニール氏もひどくきまり悪そうに四角ばった顔をいっそう赤くし、ごまかすように笑い声をあげた。
どうやらニール氏はエマとコンスタンスを血のつながった実の母子だと思っていたらしい。コンスタンスは内心、不愉快だった。
やがて食事がすむと、エマは家政婦を帰らせ、家のなかは三人だけとなった。
「酒はいいよ。コーヒーを一杯もらえるかね?」
「すぐ、お持ちしますわ」
ニール氏の注文にエマがコンスタンスの袖をひっぱる。あんたも来るのよ、というふうに。
「ねぇ、パパは帰ってこないの?」
エマの後を歩きながらコンスタンスは聞いた。
「今日は戻らないわ。お仕事が長引いているんじゃないかしら」
素っ気なくエマは言う。どこか上の空のようだ。
「さ、これをお持ちして」
「……」
コンスタンスはだんだん気味が悪くなってきた。
なにか、雰囲気がおかしいのだ。
「あの……」
「いい、コンスタンス、ニールさんの言うとおりにするのよ。これは、あんたの為でもあるんだから。新しいドレス、欲しいでしょう?」
ひどく真剣な顔で言われて、コンスタンスは背が寒くなってきた。
なにかがおかしい、変だ、とは思うのだが、家政婦は帰ってしまったし、父は戻らない。どうしていいかわから
ず、コンスタンスは、言われるままに居間の長椅子でくつろいでいるニール氏のもとにコーヒーの盆を持っていくしかない。
「え? ああ、そうか、いや、エマのことだと思って」
ニール氏もひどくきまり悪そうに四角ばった顔をいっそう赤くし、ごまかすように笑い声をあげた。
どうやらニール氏はエマとコンスタンスを血のつながった実の母子だと思っていたらしい。コンスタンスは内心、不愉快だった。
やがて食事がすむと、エマは家政婦を帰らせ、家のなかは三人だけとなった。
「酒はいいよ。コーヒーを一杯もらえるかね?」
「すぐ、お持ちしますわ」
ニール氏の注文にエマがコンスタンスの袖をひっぱる。あんたも来るのよ、というふうに。
「ねぇ、パパは帰ってこないの?」
エマの後を歩きながらコンスタンスは聞いた。
「今日は戻らないわ。お仕事が長引いているんじゃないかしら」
素っ気なくエマは言う。どこか上の空のようだ。
「さ、これをお持ちして」
「……」
コンスタンスはだんだん気味が悪くなってきた。
なにか、雰囲気がおかしいのだ。
「あの……」
「いい、コンスタンス、ニールさんの言うとおりにするのよ。これは、あんたの為でもあるんだから。新しいドレス、欲しいでしょう?」
ひどく真剣な顔で言われて、コンスタンスは背が寒くなってきた。
なにかがおかしい、変だ、とは思うのだが、家政婦は帰ってしまったし、父は戻らない。どうしていいかわから
ず、コンスタンスは、言われるままに居間の長椅子でくつろいでいるニール氏のもとにコーヒーの盆を持っていくしかない。
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