139 / 140
再出発 三
しおりを挟む
老いた男は病にかかっており、長椅子に身体をあずけたまま会う非礼を詫びた。彼は病と老いのためにか痩せ細っており、頭は禿げていたが、髪は十年前に自分で剃髪したのだという。衰えた相貌は、とても闇の世界で活躍した男とは思えなかった。どことなく陳円を思い出させて、英風は胸が詰まった。
意外なことに、呆殷は驚くほど寛大だった。
「よろしいでしょう。借金はすべて無かったことにさせてもらいましょう」
「え? ですが、それは」
「その代わり、条件があります」
しばしの沈黙の後に発された呆殷の言葉に、英風は目を見張った。
「あの屋敷を輪花という娘にゆずることです」
言葉をうしなった英風に、彼は説明した。
「私は……もう、十六年も昔の話ですが、商売相手の男の妻に懸想してしまいました。そして、その相手と何度か密会し……彼女は、私の子を身ごもった。当然、おもてむきは夫の子として生み、育てた」
その不倫で出来た子が、輪花だという。
「その事に気づいた夫、商売相手の男ですが……、仕事がうまくいかなかったせいもあって、失意のあまり自害してしまった。その後、妻も心痛のあまり後を追うように病死しました」
良心の呵責もあったのでしょう……。低い声で呆殷は言いたした。
「私は、当時かなり危ない橋を渡っていたので、到底、残された子どもを引き取ることは出来なかったのです。人を遣わして、近所に住んでいた善良な官僚の夫婦に育ててもらうように依頼しました。いくばくかの養育費もわたしてね。そしてその娘……輪花が年頃になったとき、やはり裏で手をまわして、呂家で働くように手配した。呂家の窮状を知っていたうえでです。すでに呂家は私のものになっていたから、今までの詫びも兼ねて、あれに屋敷を与えてやろうと思って。今まで何もしてやれなかった償いに、村一番の家をあれのものにしてやろうと思ったのです」
最初から輪花はこの男の思惑に導かれて呂家に来たのだ。考えてみれば、呂家の使用人たちは皆、係累が少なく、何かしらの事情を抱えた人間ばかりが集められていたのだが、輪花の場合はそこにさらに呆殷が一枚噛んでいたらしい。
呆殷はかわいた唇を皮肉にゆがめた。
意外なことに、呆殷は驚くほど寛大だった。
「よろしいでしょう。借金はすべて無かったことにさせてもらいましょう」
「え? ですが、それは」
「その代わり、条件があります」
しばしの沈黙の後に発された呆殷の言葉に、英風は目を見張った。
「あの屋敷を輪花という娘にゆずることです」
言葉をうしなった英風に、彼は説明した。
「私は……もう、十六年も昔の話ですが、商売相手の男の妻に懸想してしまいました。そして、その相手と何度か密会し……彼女は、私の子を身ごもった。当然、おもてむきは夫の子として生み、育てた」
その不倫で出来た子が、輪花だという。
「その事に気づいた夫、商売相手の男ですが……、仕事がうまくいかなかったせいもあって、失意のあまり自害してしまった。その後、妻も心痛のあまり後を追うように病死しました」
良心の呵責もあったのでしょう……。低い声で呆殷は言いたした。
「私は、当時かなり危ない橋を渡っていたので、到底、残された子どもを引き取ることは出来なかったのです。人を遣わして、近所に住んでいた善良な官僚の夫婦に育ててもらうように依頼しました。いくばくかの養育費もわたしてね。そしてその娘……輪花が年頃になったとき、やはり裏で手をまわして、呂家で働くように手配した。呂家の窮状を知っていたうえでです。すでに呂家は私のものになっていたから、今までの詫びも兼ねて、あれに屋敷を与えてやろうと思って。今まで何もしてやれなかった償いに、村一番の家をあれのものにしてやろうと思ったのです」
最初から輪花はこの男の思惑に導かれて呂家に来たのだ。考えてみれば、呂家の使用人たちは皆、係累が少なく、何かしらの事情を抱えた人間ばかりが集められていたのだが、輪花の場合はそこにさらに呆殷が一枚噛んでいたらしい。
呆殷はかわいた唇を皮肉にゆがめた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
息子の幽霊と暮らす私
Yonekoto8484
ミステリー
息子が大豪雨で命を落としたと訃報が届き,悲しむ尚美の元に,ある日,その息子の幽霊が現れる。ところが,幽霊は,自分の死に至った経緯はおろか,自分の正体すらも覚えていない。 事故死として片付けられた息子の死に,何か成仏出来ない理由が潜んでいるのではないかと母親の尚美が疑い,調べ始める。 息子の死に隠された悲しい真相とは!?
崖崩れ
筑紫榛名
ミステリー
埋めて隠してしまえばすべてうまくいくはずだったのに・・・。
■あらすじ
建設作業員・野上省吾は、同棲していた内縁の妻である樋口和葉とちょっとした口論で殺してしまった。野上は死体を埋めて事件を隠すことを決意する。そして道具を揃えて山へ向かい、苦労の末に死体を埋めることに成功したが……。
※原稿用紙換算枚数:14枚
※非ラノベ作品です
※こちらの作品はエブリスタ、カクヨム、アルファポリス、ステキブンゲイの各小説サイトにも掲載中です。
クイズ 誰がやったのでSHOW
鬼霧宗作
ミステリー
IT企業の経営者である司馬龍平は、見知らぬ部屋で目を覚ました。メイクをするための大きな鏡。ガラステーブルの上に置かれた差し入れらしきおにぎり。そして、番組名らしきものが書かれた台本。そこは楽屋のようだった。
司馬と同じように、それぞれの楽屋で目を覚ました8人の男女。廊下の先に見える【スタジオ】との不気味な文字列に、やはり台本のタイトルが頭をよぎる。
――クイズ 誰がやったのでSHOW。
出題される問題は、全て現実に起こった事件で、しかもその犯人は……集められた8人の中にいる。
ぶっ飛んだテンションで司会進行をする司会者と、現実離れしたルールで進行されるクイズ番組。
果たして降板と卒業の違いとは。誰が何のためにこんなことを企てたのか。そして、8人の中に人殺しがどれだけ紛れ込んでいるのか。徐々に疑心暗鬼に陥っていく出演者達。
一方、同じように部屋に監禁された刑事コンビ2人は、わけも分からないままにクイズ番組【誰がやったのでSHOW】を視聴させれることになるのだが――。
様々な思惑が飛び交うクローズドサークル&ゼロサムゲーム。
次第に明らかになっていく謎と、見えてくるミッシングリンク。
さぁ、張り切って参りましょう。第1問!
夢追い旅
夢人
ミステリー
働き始めた頃、繰り返し繰り返し山手線をぐるぐる回っている夢を見続けていました。これは仕事に慣れないノイローゼかと思っていました。何度も駅に降りてみるのですが自分の駅でないのです。それが初めてここではないかと思って降りて見ました。でも降りた駅が今度は思い出せないのです。
悪魔の中にある地球は誰なのか
氏森アン
ミステリー
高校生たちが日常で起きた謎に挑む物語。
だが現実はそう甘くない。謎が謎を呼び、彼らに襲い掛かる。
※推理好きの高校生が、グダグダ謎を解いていく物語です。
【R15】続・ここは安全地帯
なずみ智子
ホラー
完結した拙作「ここは安全地帯」の続編(一部、過去編)です。
この続編も、文章はぎっちりミチミチで、そのうえ胸糞で鬱展開な長編小説です。
(注)作中には性犯罪&残酷描写もやはり出てきます。 ご注意ください。
20×6年8月、Y市のペンションにて連続殺人事件が発生。
主人公・八窪由真(やくぼゆま)は、目の前で最愛の姉・八窪真理恵(やくぼまりえ)を惨殺された。
真理恵含む10名が死亡。由真含む3名が生存。
得体のしれない恐怖と謎につつまれたこの事件は、「被害者たち」と犯人である「殺戮者」に対しての憶測だけを呼び、6年の月日がたとうとしていた。
今もなお、悲劇の舞台となったY市に住み続け、24才となった由真の元に、来訪者が現れる。
そしてその夜、止まっていた時の歯車を再び動かし始める者がいた……
惨劇の地は再び惨劇の「血」に染まっていく……
※※※本作品は「カクヨム」にても公開中です※※※
2016年12月31日 最終章―9― における登場人物の台詞を一か所修正しました。
【完結】遺棄事件と見えないドア
じゅん
ミステリー
中学三年生の真田美央は都内から田舎町に引っ越してきて、不便な環境にうんざりしていた。
憂さ晴らしに橋から川に石を投げていると、跳弾して散歩中の犬に怪我をさせてしまった。その場から逃げ出してしまったことと、数日前に犬の大量遺棄事件を発見していたことで、美央は遺棄事件の犯人ではないかと噂になる。
登校拒否をするようになると、クラスメイトの海野涼子に、汚名返上のために遺棄事件の犯人を捜そうと提案されて……。
少女たちの成長と友情の、青春ミステリー。
ギ家族
釧路太郎
ミステリー
仲の良い家族だったはずなのに、姉はどうして家族を惨殺することになったのか
姉の口から語られる真実と
他人から聞こえてくる真実
どちらが正しく、どちらが間違っているのか
その答えは誰もまだ知ることは無いのだった
この作品は「ノベルアッププラス」「カクヨム」「小説家になろう」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる