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散り花 二
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輪花は目をぱちくりさせた。
まだ十五の輪花にとっては、玉蓮の歳ぐらいならまだしも、枇嬋のように五十を過ぎた年齢の域にまで入ってしまった女人は、もはや器量をあれこれ推量する対象ではなかったのだ。枇嬋も火玉も、まとめて〝お婆さん〟である。〝お婆さん〟には美人や不美人という言葉が当てはまらないのだ。まして、女は三十過ぎればもはや初老とみなされ、子を持たない妾、側室などは、三十になればお払い箱とされてしまう習慣がまかりとおっている時代である。
だが、この下男――三十五ぐらいにはなっているかもしれない――の目には、枇嬋ぐらいの年齢の異性からは、まだ散った花びらの残り香ぐらいは嗅ぎとれるらしい。男の目尻は下がったままだ。
「今だって、どことなく品があって、そこらの婆さんとは違うってわかるね。あ、それじゃ、俺はこれで失礼するよ」
「ああ、はい。ご苦労様でした。英風様にくれぐれもよろしく」
「ああ、伝えておくよ。えーっと、あんた、名は?」
「輪花といいます」
「輪花さんかい。それじゃ、また」
下男を門外に見送ってから、輪花は沈んだ気持ちで庭を歩いた。
深まる夏をむかえ、庭木も花も、強くなってきた陽射しを浴びて光り輝いている。夏椿の花は遅咲きのものがまだ美しく妍を競って咲き誇っているが、輪花はその純白の花々を見ても、朝日に照らされた池の水面を眺めても心が晴れない。
(ここへ来て、やっと一月たったぐらいだというのに、なんだか……もっとたくさんの時間が流れた気がするわ。やだ、私ったら、まるでお婆さんみたいなこと思ってるわ)
それは、きっとこの屋敷のせいだ、と輪花は思った。
(このお屋敷にいると、まるで……なんだかうまく言えないけれど、心の一部を吸い取られてしまうみたい)
家とも相性というものがあるのかもしれない。住んでいて生気や活力を与えてくれる家もあれば、逆に気力を奪っていくような家というのも確かにある。
(緑鵬と一緒に住んでいた林家では……どうだったかしら?)
相性は悪くなかったと思うが、それは緑鵬がいたからだろう、と今ならわかる。仮に、多少家との相性が悪くとも、緑鵬さえいてくれたらそれは中和されたのだ。そして、輪花の生まれた生家との相性は……、これは悪かった。
(お父様が蔵で首を吊って、お母様が病気になって、病み衰えて亡くなられて……ああ、思い出したくない)
家が悪いというのではないが、幼児期を思い出すと、輪花の記憶はひたすら黒い。思い出したくもない。
まだ十五の輪花にとっては、玉蓮の歳ぐらいならまだしも、枇嬋のように五十を過ぎた年齢の域にまで入ってしまった女人は、もはや器量をあれこれ推量する対象ではなかったのだ。枇嬋も火玉も、まとめて〝お婆さん〟である。〝お婆さん〟には美人や不美人という言葉が当てはまらないのだ。まして、女は三十過ぎればもはや初老とみなされ、子を持たない妾、側室などは、三十になればお払い箱とされてしまう習慣がまかりとおっている時代である。
だが、この下男――三十五ぐらいにはなっているかもしれない――の目には、枇嬋ぐらいの年齢の異性からは、まだ散った花びらの残り香ぐらいは嗅ぎとれるらしい。男の目尻は下がったままだ。
「今だって、どことなく品があって、そこらの婆さんとは違うってわかるね。あ、それじゃ、俺はこれで失礼するよ」
「ああ、はい。ご苦労様でした。英風様にくれぐれもよろしく」
「ああ、伝えておくよ。えーっと、あんた、名は?」
「輪花といいます」
「輪花さんかい。それじゃ、また」
下男を門外に見送ってから、輪花は沈んだ気持ちで庭を歩いた。
深まる夏をむかえ、庭木も花も、強くなってきた陽射しを浴びて光り輝いている。夏椿の花は遅咲きのものがまだ美しく妍を競って咲き誇っているが、輪花はその純白の花々を見ても、朝日に照らされた池の水面を眺めても心が晴れない。
(ここへ来て、やっと一月たったぐらいだというのに、なんだか……もっとたくさんの時間が流れた気がするわ。やだ、私ったら、まるでお婆さんみたいなこと思ってるわ)
それは、きっとこの屋敷のせいだ、と輪花は思った。
(このお屋敷にいると、まるで……なんだかうまく言えないけれど、心の一部を吸い取られてしまうみたい)
家とも相性というものがあるのかもしれない。住んでいて生気や活力を与えてくれる家もあれば、逆に気力を奪っていくような家というのも確かにある。
(緑鵬と一緒に住んでいた林家では……どうだったかしら?)
相性は悪くなかったと思うが、それは緑鵬がいたからだろう、と今ならわかる。仮に、多少家との相性が悪くとも、緑鵬さえいてくれたらそれは中和されたのだ。そして、輪花の生まれた生家との相性は……、これは悪かった。
(お父様が蔵で首を吊って、お母様が病気になって、病み衰えて亡くなられて……ああ、思い出したくない)
家が悪いというのではないが、幼児期を思い出すと、輪花の記憶はひたすら黒い。思い出したくもない。
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