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急報 三
しおりを挟む「なんだって! 旦那様が勝手に実家に帰ったと?」
「は、はい。あの、英風様のお父様がご病気で危ないらしくて」
枇嬋は、下品な舌打ちの音をもらした。ひどく蓮っ葉で柄が悪く見える。
「まぁ、なんてことだい。大事な奥様である金媛様をほうったらかしにして」
桂葉に言われて予測はしていが、輪花は内心呆れずにいられない。普通、婿の親が危篤だと聞けば、妻もまた急いで見舞いに行くのが世間の常識のはずなのに、金媛の上品な色白の顔には、義父に対する心配がまるで見えない。かすかに表情が歪んでいるのは、不満がつのっているからだろう。
「と、止められなくて申しわけございません」
輪花は首をすくめた。
卓の上には今夜も豪華な料理が並べられているが、すっかり冷めてしまっている。
「で、旦那様はいつ戻られる?」
「そ、それは……、お父上様のご病状しだいかと」
「まぁ! それでは、亡くなるまでまさかずっと実家にいるつもりではないでだろうね!」
随分な言い草だと思いながらも輪花は勇気を出して訊いてみた。
「そ、それはわかりませんが、あの、お見舞いには?」
「見舞い? ああ……そうだね」
さすがにその言葉には枇嬋も考えこむような顔になる。
「あの、もしよろしければ、私が参りますが」
「お前が?」
枇嬋は忌々しげに睨みつけてくる。輪花はさらに身をすくませながらも、その目付きに気をひかれ、妙にもどかしくなった。何かがひっかかるのだが……。
「いや、お前では……そうだね、とにかく大奥様に相談してみないと。ああ、でも大奥様は絵師と会っているとか。……まったく、こんなときに」
枇嬋はまた一瞬考えこむ顔をしてから、輪花を睨んだ。
「仕方ない。お前、大奥様のところへ行って事情を説明しておいで。そして、見舞いの件は大奥様にお伺いするように」
「はい……、あの、金媛様は行かれないんですか?」
当然の問いのはずだが、輪花は言ったことを後悔した。
枇嬋の顔が凍りついている。
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