双珠楼秘話

平坂 静音

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消えた娘 五

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 紅鶴は首をふって苦く笑う。とても十三歳の少女とは思えない表情と仕草で。
「わかりません。枇嬋さんは、おおかた、悪い男にも騙されたんだと言ってましたけどね。でも……姉は、分別があって、つまり賢い娘でしたからね。何かに気づいたんだと思います」
「気づく?」
 紅鶴の言っていることがよく解らず、輪花はもどかしくなる。いや、頭では理解できなくとも、なんとなく肌に彼女の言葉が染みこんできて、妙に納得している自分にもどかしい。
「賢いと姉のようになってしまいます。私は、出来るだけ、愚かで平凡な娘でいたいと思っているんです。取るに足りなり平凡な娘でいたら、目を付けられずにすみますから」
 誰に目を付けられるのだ、と輪花は訊こうとしたが、紅鶴のつぎの言葉の方が早かった。
「輪花さんも気をつけた方がいいですよ。姉は亡くなる一年前から、度々たびたび、奥に呼ばれていたんです」
 紅鶴の目つきは暗かった。つい少し前までの陽気でにぎやかな様子が嘘のようだ。だが、それよりも輪花は言葉の内容に気を取られた。
 奥に呼ばれるということは、奥殿に呼ばれていたという意味だろう。
(それって、もしかしたら……?)
 大奥様、つまり火玉の用命を受けていたという意味だろうか。
「おーい、紅鶴、掃除はすんだのかぁ?」
 下男の呼び声が聞こえてきて、紅鶴は手にしていた箒を動かした。
「はーい、もうすぐ終わるところぉ」
 声は打って変わって元気になる。がらりと人柄が変わって見えて、輪花はまたも目を丸くさせられる。
「それじゃ、輪花さん、また今度ね」
「あ、ああ、そうね。またね」
 輪花はすっかり紅鶴に呑まれて、おたおたと退散した。まったく、大した娘だと思う。とても十三歳とは思えない。
(でも、悪い子じゃないわ)
 それはほとんど直感でさとった。
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