双珠楼秘話

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
60 / 140

老女の閨 一

しおりを挟む


(何だか、このお屋敷は変だわ……)
 酒の入った鳥の頭をあしらった水瓶すいびょうと杯を盆に乗せて、長い廊下をすすみながら輪花はそんなことを思っていた。
 奥殿おくでんに着くと、年配の侍女が会釈した。
「大奥様は、あちらでお待ちですよ」
 火玉の食事の手配などはすべて奥殿の厨房で行われることになっているはずなのに、あえて輪花に命じるのは、例の件だろう。
(きっと、英風様のことであれこれ訊かれるのだわ)
 そのことを考えると、気がかりなことが思い出されて、輪花の心は沈んだ。
(申し上げた方がいいのかしら? あの……あざの件)
 だが、それにはさらに気がかりなことがつきまとう。
(おかしな話よね……)
 昼にはたしかに金媛の手首に赤い痣を見たはずだ。
 だが、それが夜には消えていたのだ。
 夕食の席で、金媛が英風に手を伸ばしたとき、輪花ははっきりと染みひとつない美しい白い肌を見た。
(どういうことなのかしら?)
 痣というものは、たった半日たらずで消えるものなのだろうか?  
 自分の見間違いでしかありえない、とは思うものの、何かがひっかかる。
(こんなとき、緑鵬がいてくれたらなぁ……)
 緑鵬ならなんでも相談して、きっといい案を出してくれたことだろう。
 けれど、その頼もしい兄のような緑鵬はもういない。この先、いつ会えるかもわからず、再び会ったときには、もう自分のことなど忘れているかもしれない。    
 盆の上で水瓶の鳥の頭がふるえた。
(駄目よ、輪花、今は仕事に集中しないと)
 気のめいる想いを振りはらって火玉の待つ室に入ると、奥には紅地べにじに純白の蓮華れんげの絵柄をあしらった、びっくりするほど華やかな御簾みすが垂れていた。
「大奥様、寝酒をお持ちしました」
「お入り。……こっちへおいで」
 静かに奥にすすみ、おそるおそる御簾をのけて輪花は中に入る。
「ご苦労だね」
 寝台に横たわる火玉は、ひどく疲れているように見える。身体の疲れよりも、もしかしたら精神的な負担の方が大きいのかもしれない。
「どうだい、主殿しゅでんの様子は?」
「はい。……あの、何事もなく穏やかで、すべてうまくいっています」
 そうとしか言いようがなかった。
 のろのろと火玉は身を起こす。輪花は、寝台のそばの黒檀の小さな卓のうえに盆を置き、なるべく丁寧な手つきで酒を注いだ。
「若夫婦の様子はどうだい?」
「はい。あの、とてもうまくいっているようです」
 やはり、そうとしか言えなかったし、それは事実だった。英風と金媛が互いに想い合っているのは確かだと輪花は思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

王妃ですけど、側妃しか愛せない貴方を愛しませんよ!?

天災
恋愛
 私の夫、つまり、国王は側妃しか愛さない。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【完結】愛することはないと告げられ、最悪の新婚生活が始まりました

紫崎 藍華
恋愛
結婚式で誓われた愛は嘘だった。 初夜を迎える前に夫は別の女性の事が好きだと打ち明けた。

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...