双珠楼秘話

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
2 / 140

門の向こう 二

しおりを挟む
「お、風流だな」
 瀟洒しょうしゃな満月型の石門が見え、その洞窟の穴のような円形の門を二人は通った。
 緑鵬にとってはやや小さいので、彼は頭を石門の天井にぶつけないように、軽く萌黄もえぎ色の下衣したごろもの膝を折る。
「なんだか、子どもの頃、隠れんぼしたときのことを思い出すわね」
 隠れる場所をもとめて、二人で厨房の大樽のなかに潜り込んだことがある。輪花の言葉に緑鵬も微笑んだ。
 輪花はほんの少し弾んだ気持ちになって、石門をくぐりぬけ、緑鵬より先に向こう側に出た。
 そこは彼女にとっての新しい世界でもあれば、異界でもあった。

「遅かったね」
 石門をくぐりぬけた瞬間、緑鵬も輪花も呆気にとられて、そこに立つ人物を見上げていた。
 いや、実際には相手は、輪花はともかく緑鵬から見たらかなり小柄なのだが、それでもその一瞬、二人は呆然として相手を見上げていた。
「道に迷ってでもいたのかい?」
 声の主は……漆黒の衣をまとった白髪の老女であった。
 右手で杖をついてはいるけれど、本当はそんなもの必要ないのではないかと疑いたくなるほど力強い存在感を放っている。
(ああ、この人が、お屋敷の現在のご当主様なのだわ……)
 輪花は前もって聞いていた話を思い出した。
 夫を亡くして女手一つでこの呂家を支えているという老未亡人。名は、たしか……。
 火玉かぎょく……。そうだ、呂火玉。それがこの屋敷の女当主の名だ。
 少し離れたところで、質素な装いの侍女がかしこまって控えている。
「あ、あの、すいません。遅くなって……」
 輪花がつぎの言葉をつなげようとすると、すぐに緑鵬が言葉を入れた。
「申しわけありません。お庭がこんなに広いとは思わなくて、思っていたより時間がかかってしまいました」
 老女は皺の深い顔を緑鵬にむけた。
「ほう……あんたが、りん家の次男かい? 今度都に出るという?」
 老女は、いかにも高価そうな黒絹の衣の上の太い首を伸ばし、値踏みするように細い目を緑鵬に向ける。まるで巨大な亀が餌をさがしているようだ。輪花は昔話に聞いた、風呂のなかですっぽんに変わってしまった大家たいけの奥方の話を思い出し、もう夏が始まろうというこの時期に、少し背が寒くなった。
「はい。林緑鵬と申します」 
「村の学堂では一番の秀才と聞いたけれど」
「大したものではございません」
 謙遜して腰をかがめる緑鵬に、老女はあっさりとうなずいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

神暴き

黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。 神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】タイムトラベル・サスペンス『君を探して』

crazy’s7@体調不良不定期更新中
ミステリー
過去からタイムトラベルをし逃げてきた兄弟が、妹の失踪事件をきっかけに両親が殺害された事件の真相に挑むミステリー ────2つの世界が交差するとき、真実に出逢う。  5×××年。  時を渡る能力を持つ雛本一家はその日、何者かに命を狙われた。  母に逃げろと言われ、三兄弟の長男である和宏は妹の佳奈と弟の優人を連れ未来へと飛んだ。一番力を持っている佳奈を真ん中に、手を繋ぎ逃げ切れることを信じて。  しかし、時を渡ったその先に妹の姿はなかったのだ。  数年後、和宏と優人は佳奈に再会できることを信じその時代に留まっていた。  世間ではある要人の命が狙われ、ニュースに。そのことを発端にして、和宏たちの時代に起きた事件が紐解かれていく。  何故、雛本一家は暗殺されそうになったのだろうか?  あの日の真実。佳奈は一体どこへ行ってしまったのか。  注意:この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 【解説】 この物語は、タイムトラベルして事件の真相を暴くのではなく、縛りがあってタイムトラベルすることのできない兄弟が、気づきと思考のみで真相に辿り着くという話。 なので殺害方法とかアリバイなどの難しいことは一切でない。知恵で危機を乗り越えていく。 雛本三兄弟シリーズとは、登場人物(性格などベース)だけは変わらずに色んな物語を展開していくパラレルシリーズです。 

あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依
ミステリー
主人公飯田咲良(いいだ さくら)は姉に殺された。しかし、己の肉体を失ったはずの咲良はなぜか姉の体で新たな生を受けることになる。自分の死から半年が過ぎた頃、咲良の周囲で異変が起こり始める。次々と生まれ、迷宮入りの様相を呈していく数々の謎に、咲良は真実を見つけることができるのか。 PVがありますのでそちらをどうぞ。 https://www.youtube.com/watch?v=ytliDsdwzRk

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...