110 / 110
夜霧奇談 十 終わり
しおりを挟む
「人里離れた場所で稀に催される鬼市というものがある。妖怪変化の類や死霊、それらと通じる裏家業の呪術師たちが集って、妖しの秘薬、秘物を売買する。そこでは、人の世では到底手に入らぬ妙薬を手に入れることができ、それを得られれば、私は長生きできるようになるだろうと。両親は半信半疑ながらも導師にすがってその鬼市が行われる場所をつきとめてもらった。それが、ここだ」
この場所は、ちょうど人の世と別の世が交わる場所だというのだそうです。この世には、そういった不思議な場所がいくつかあるのだそうで。わたしはただ驚き、目を見張りつつ御当主の話を聞きつづけました。
「鬼市で手にいれた秘薬のおかげで私はこの歳まで生きてこれたが、つけも大きかった。時々は秘薬を得なければならなくなり、その秘薬なしでは生きられなくなってしまった」
その為に、両親の遺産でこの地に邸を建て、長く住んでいるうちに、鬼市に群がる異形のものたちと交わり、彼らに馴染んでしまったというのです。
「もう私自身も半分向こうの世界に足を踏み入れてしまっているみたいなものだ。先ほどの鴉もまた妖しの類でな、市の始まりを知らせに来たのだ」
わたしは呆然としたまま、御当主の話を聞いていました。およそ信じられぬ話ですが、窓から見える魑魅魍魎たちのかもしだす、あの異常な姿と妖気は確かなものに思えます。
「おまえたちを案内してきた爺はな、実はその導師で、鬼市に関わって秘密の品物を手に入れて、それを必要な人間に高く売って金を儲けていたのだが、いつしか彼自身も異形のものに成り果ててしまった」
意味が解らずぽかんとしてしまったわたしに、御当主は苦笑いして説明してくださいました。爺は邸のなかでは女になるのだ、と。
「なぁ、緑玉、もし、もしも、な、売られて行くのが嫌なら、いっそここにおらぬか?」
わたしの頬は熱くなりました。
思えば、人市と鬼市と、どちらがより残酷なのでしょうか。好色な金持ちの玩具になるぐらいなら、このお邸で御当主のお側にいる方がずっとましです。
わたしは翌日、兄を説得して、御当主からいただいた、いくばくかの金子を父の治療費として渡し、村に帰ってもらいました。
兄は、もっとお金が欲しいようで、また来るというようなことを言っていました。
「あんまり言うようなら、いっそ鬼市で悪鬼どもに売ってしまいましょうかね、奥様」
笑いながらそんなことを言う婆やに、わたしは思案しつつも、うなずきました。
「兄さんの生き胆なら高く売れるかもね」
わたしはすっかりこちらの世界に来てしまったようです。
終わり
この場所は、ちょうど人の世と別の世が交わる場所だというのだそうです。この世には、そういった不思議な場所がいくつかあるのだそうで。わたしはただ驚き、目を見張りつつ御当主の話を聞きつづけました。
「鬼市で手にいれた秘薬のおかげで私はこの歳まで生きてこれたが、つけも大きかった。時々は秘薬を得なければならなくなり、その秘薬なしでは生きられなくなってしまった」
その為に、両親の遺産でこの地に邸を建て、長く住んでいるうちに、鬼市に群がる異形のものたちと交わり、彼らに馴染んでしまったというのです。
「もう私自身も半分向こうの世界に足を踏み入れてしまっているみたいなものだ。先ほどの鴉もまた妖しの類でな、市の始まりを知らせに来たのだ」
わたしは呆然としたまま、御当主の話を聞いていました。およそ信じられぬ話ですが、窓から見える魑魅魍魎たちのかもしだす、あの異常な姿と妖気は確かなものに思えます。
「おまえたちを案内してきた爺はな、実はその導師で、鬼市に関わって秘密の品物を手に入れて、それを必要な人間に高く売って金を儲けていたのだが、いつしか彼自身も異形のものに成り果ててしまった」
意味が解らずぽかんとしてしまったわたしに、御当主は苦笑いして説明してくださいました。爺は邸のなかでは女になるのだ、と。
「なぁ、緑玉、もし、もしも、な、売られて行くのが嫌なら、いっそここにおらぬか?」
わたしの頬は熱くなりました。
思えば、人市と鬼市と、どちらがより残酷なのでしょうか。好色な金持ちの玩具になるぐらいなら、このお邸で御当主のお側にいる方がずっとましです。
わたしは翌日、兄を説得して、御当主からいただいた、いくばくかの金子を父の治療費として渡し、村に帰ってもらいました。
兄は、もっとお金が欲しいようで、また来るというようなことを言っていました。
「あんまり言うようなら、いっそ鬼市で悪鬼どもに売ってしまいましょうかね、奥様」
笑いながらそんなことを言う婆やに、わたしは思案しつつも、うなずきました。
「兄さんの生き胆なら高く売れるかもね」
わたしはすっかりこちらの世界に来てしまったようです。
終わり
0
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる