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秘園哀歌 四
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「先生……若いのね。いくつ?」
自分も若いくせに凛藍はそんなことを言う。
「十六……つぎの春には十七になります」
つぎの春といえば来年なのだから、言わずともよいことをわざわざ口にしたのは、どこかで大人ぶりたい虚勢が、聡明な秀蘭にしてもほんのわずかにだがひそんでいたのだ。
天才といわれてわずか十四歳で医師の免状を師よりいただいた秀蘭だが、やはり周囲は若輩者よと彼をかるく見ようとする。気にはしないようでも、医者の腕に年齢は関係ないだろう、という憤懣がないわけではない。
いつもなら胸のそこにしっかりと押しこんでだれにも見せなかったちいさな鬱積が、おなじく歳若い凛藍をまえにして、はいでてきてしまったようだ。
「じゃ、わたしより二歳年上ね。……犀家の若様より十五歳以上も若いのね」
許婚者でございますよ……。秀蘭のうしろにひかえていた太った女中のひくい声が聞こえた。
咄嗟に秀蘭は計算してみた。ということは、凛藍は十四ぐらい、婚約者は三十過ぎということになる。計算してからやや鼻白んだ。十四、五で結婚するのはこの時代めずらしくもなく、男の方が十歳、二十歳年上の例というのも世間にはざらにある――逆の例はまずないが。いや、それどころか金持ちの男が四十、五十になっても十代の娘を妻にすることもけっして聞かない話ではない……のだが。
「ちょうど来年の春には婚儀をあげることになっておりまして」
女中の再度のささやきに秀蘭はうなずいた。
「それは、おめでとうございます」
犀家も鴻家とならぶ豪商であり、おそらくは家同士のつながりのための結婚であろうし、そういった権門の内情にはうとい秀蘭も、犀家の若様についてはいろいろ聞いたことがある。商才にたけた跡継ぎであり、すでに正式な夫人は三人おり、屋敷ではさらにおおくの愛妾愛人が妍をきそっていると。
この時代の富貴の家の男にはよくある話だが、犀家の跡継ぎも、広大な邸宅には珍品名花をならべるがごとく美姫美女をはべらせて、彼女たちがおのずから技芸や美貌を競う小後宮をつくりあげ、そこで当人は小皇帝然として女たちのなかでの絶対者として君臨しているのだろう。
それは男にとっては夢の楽園だろうが、はたしてはべらされる女にとってはどうなのか……。秀蘭は思わずにいられない。
その秀蘭の推量を読みとったのか、凛藍の勝気そうな黒い瞳がしずんだ。
「わたしは第四夫人ということになるわね」
まだ紅を塗ったこともないような唇がかろうじて笑みの形にひらくのは、蕾をむりやりこじあけ花弁をちぎってしまうような痛みを、見ている秀蘭に負わせる。そして秀蘭はこの目のまえの娘の病の原因をさとった。医者や薬師ではなおせない類の病だ。
「よい薬湯をさしあげましょう。くれぐれもお身体を冷やさないように」
こんなことしか言えない自分は非力だと思ったが、どうしょうもない。これは医者ではどうにもできない心の問題なのだ。
自分も若いくせに凛藍はそんなことを言う。
「十六……つぎの春には十七になります」
つぎの春といえば来年なのだから、言わずともよいことをわざわざ口にしたのは、どこかで大人ぶりたい虚勢が、聡明な秀蘭にしてもほんのわずかにだがひそんでいたのだ。
天才といわれてわずか十四歳で医師の免状を師よりいただいた秀蘭だが、やはり周囲は若輩者よと彼をかるく見ようとする。気にはしないようでも、医者の腕に年齢は関係ないだろう、という憤懣がないわけではない。
いつもなら胸のそこにしっかりと押しこんでだれにも見せなかったちいさな鬱積が、おなじく歳若い凛藍をまえにして、はいでてきてしまったようだ。
「じゃ、わたしより二歳年上ね。……犀家の若様より十五歳以上も若いのね」
許婚者でございますよ……。秀蘭のうしろにひかえていた太った女中のひくい声が聞こえた。
咄嗟に秀蘭は計算してみた。ということは、凛藍は十四ぐらい、婚約者は三十過ぎということになる。計算してからやや鼻白んだ。十四、五で結婚するのはこの時代めずらしくもなく、男の方が十歳、二十歳年上の例というのも世間にはざらにある――逆の例はまずないが。いや、それどころか金持ちの男が四十、五十になっても十代の娘を妻にすることもけっして聞かない話ではない……のだが。
「ちょうど来年の春には婚儀をあげることになっておりまして」
女中の再度のささやきに秀蘭はうなずいた。
「それは、おめでとうございます」
犀家も鴻家とならぶ豪商であり、おそらくは家同士のつながりのための結婚であろうし、そういった権門の内情にはうとい秀蘭も、犀家の若様についてはいろいろ聞いたことがある。商才にたけた跡継ぎであり、すでに正式な夫人は三人おり、屋敷ではさらにおおくの愛妾愛人が妍をきそっていると。
この時代の富貴の家の男にはよくある話だが、犀家の跡継ぎも、広大な邸宅には珍品名花をならべるがごとく美姫美女をはべらせて、彼女たちがおのずから技芸や美貌を競う小後宮をつくりあげ、そこで当人は小皇帝然として女たちのなかでの絶対者として君臨しているのだろう。
それは男にとっては夢の楽園だろうが、はたしてはべらされる女にとってはどうなのか……。秀蘭は思わずにいられない。
その秀蘭の推量を読みとったのか、凛藍の勝気そうな黒い瞳がしずんだ。
「わたしは第四夫人ということになるわね」
まだ紅を塗ったこともないような唇がかろうじて笑みの形にひらくのは、蕾をむりやりこじあけ花弁をちぎってしまうような痛みを、見ている秀蘭に負わせる。そして秀蘭はこの目のまえの娘の病の原因をさとった。医者や薬師ではなおせない類の病だ。
「よい薬湯をさしあげましょう。くれぐれもお身体を冷やさないように」
こんなことしか言えない自分は非力だと思ったが、どうしょうもない。これは医者ではどうにもできない心の問題なのだ。
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