龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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秘園哀歌 一

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「先生、ご苦労様でございます。朝はやくからもうしわけありませんねぇ。うちのお嬢さまが、またお加減が悪くなったみたいで、医者を呼べって……あら」
 粗末な木の薬箱を手に、輿から降りてきた地味なはなだ色の袍衣ほういの彼を見て、太った女中は一瞬言葉をきった。
「あらぁ、あなた様は……」
秀蘭しゅうらんです。今日は大先生の代理で参りました」
「まぁ……お若いこと」
 女中が餅のようなまるい顔を溶かして乙女のように頬をそめるのも無理もない。
 目のまえに立った青年、というよりもまだ少年めいた相手は、蝋のように白い肌に黒曜石の玉をはめこんだような黒い瞳の、名工が精魂こめてつくった人形を思わせるかのようなたいへんな美貌の持ち主なのだ。他人が見たら、こう家では朝っぱらから花形役者を呼んだのかと誤解されそうだ。
「それで、患者の、お嬢様の具合はどうですか?」
「まぁ、先生、声も役者のようですわね。いえ、お嬢様の具合ですか。こちらへ」
 正門よりすこし裏にまわった小さな戸口へと、女中が鼠色の袖をさししめして秀蘭をみちびいた。
「まぁ、その毎度、毎度のことなのですが、朝からお嬢様、凛藍りんあい様が頭痛がするの、熱が出たのとさわがれましてね、お手持ちのお薬湯などをおすすめしたんですが、それでは駄目だ、効かないから医者をよべとごねられて」
 女中の丸顔が四角に見えてきた。
 主が病気だというのにまるで心配してないのは、どうやら凛藍という娘の頭痛、発熱はしょっちゅうのことで慣れっこになっているのだろう。主家のご令嬢のわがままに相当ふりまわされて、いいかげんうんざりしているのかもしれない。そういう金持ちのわがまま息子や娘の患者はめずらしくない。    
 秀蘭の師であるおう先生の相手にする患者の半数は、そういった過保護にそだてられた裕福な商家や貴族の家の子女なのだ。
「あ、先生、こちらから階段になりますのでお気をつけて。まぁ、公孫樹いちょうがみごとでございますわね」
 女中の言葉はややわざとらしいが、それも無理はない。 
 都でも一、二をあらそうといわれる豪商、鴻家だけあって、庭はなかなかみごとなつくりだ。ふだんは薬草をべつとすれば自然になじんだり花鳥を愛でたりする趣味のない秀蘭も、庭園の主のように雄々しくたつ公孫樹の大木には目をうばわれた。
「本当にみごとですね」
 どっさりと狐色きつねいろの葉をさげながら、大地に根をはり、枝という枝を天にささげている様子は、長い髭をゆらす老いた精霊を思わせる。
「この公孫樹の木は、わたくしがお仕えするよりももっと前からこうして庭にふんぞりかえっておりましたから、もうこの屋敷の主、守り神といっても過言ではございませんわ」
 老いてはいてもけっしておとろえてはおらず、むしろ長い歳月のなかではぐくんだ叡智をひそめた守護神。どこか師を思わせる。
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