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朝顔幻想 八
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気にかけるとは、まさか……妻に?
英陽の頭には昨日見たばかりの、あの華やかな娘の悪戯そうな笑顔が浮かび、胸がさわぐ。
「先代の甄家の主は、わしにとって上司でしてな、病で亡くなられるまえは、随分と子どもたちのゆくすえを案じておられたものです。それも無理もない。おそくに出来た跡とり息子は病弱でまだまだ年少。わしに、くれぐれも後のことは頼むと言いのこされて。いや、世間ではわしが甄家から役職を奪ったなどと言っておるようですが、とんでもない」
そこで主はいかにも無念だ、と言わんばかりに太い首をふる。
「わしはちゃんと甄家のことを考えて、行く行くは、甄家の息子に、わしの末娘を……と考えておったのですが」
主はうなるようにして首をふりながら続けた。
「それも、世間のこうるさい連中は、わしが甄家を根こそぎ奪おうをしているなどと、あれこれ言いふらかしおって、……そんなときに妙な噂までたったものですから」
「噂?」
「いや、そのつまらん、実にくだらん噂で」
「何なんですか?」
主はきまり悪げに、ぎょろっとした目を逸らしてから声をひくめて言った。
「その、馬鹿げた話ですが……甄家に幽霊が出るというのです」
「幽霊?」
英陽は一瞬、唖然とした。
「召使の幽霊らしいのですが、生まれたときから甄家の娘御に仕えていた忠実な女中で、娘御にとっては乳姉妹になるらしく、大切な主のゆくすえを案じてのあまりか、死んでからも甄家にいるという噂がたちましてな」
英陽は一瞬、背が寒くなった。
まさか、とは思うが……。あの夏の昼下がりでも青白い顔をしていた、陰気な顔の娘が思い出された。
(ご令嬢の側仕えのあの娘……まさか、あれがその噂の幽霊……とか?)
主は英陽の困惑ぶりを幽霊話に驚いてのことだと思っているようで、話しつづける。
「その幽霊が出るのは、現在の甄家の不運を嘆き恨んでのことで、その原因を作った馬家、つまりわしへの遺恨があって冥界に行けないのでは、とくだらんことを言いふらかす輩がおりましてな。それでついわしも甄家へは足が向かわなくなり、縁談の話もうやむやになってしまったしだいで。そんなときに、我が家がお世話している都人士の先生と、甄家の娘御が婚約となれば、両家のみぞが埋まってちょうど良いというもので。わっはっはっ」
主はのんきそうに団扇を動かすが、英陽はじつに複雑な心境だ。
「とりあえず、甄家に行って話してみます」
そう言うのが精一杯だった。
英陽の頭には昨日見たばかりの、あの華やかな娘の悪戯そうな笑顔が浮かび、胸がさわぐ。
「先代の甄家の主は、わしにとって上司でしてな、病で亡くなられるまえは、随分と子どもたちのゆくすえを案じておられたものです。それも無理もない。おそくに出来た跡とり息子は病弱でまだまだ年少。わしに、くれぐれも後のことは頼むと言いのこされて。いや、世間ではわしが甄家から役職を奪ったなどと言っておるようですが、とんでもない」
そこで主はいかにも無念だ、と言わんばかりに太い首をふる。
「わしはちゃんと甄家のことを考えて、行く行くは、甄家の息子に、わしの末娘を……と考えておったのですが」
主はうなるようにして首をふりながら続けた。
「それも、世間のこうるさい連中は、わしが甄家を根こそぎ奪おうをしているなどと、あれこれ言いふらかしおって、……そんなときに妙な噂までたったものですから」
「噂?」
「いや、そのつまらん、実にくだらん噂で」
「何なんですか?」
主はきまり悪げに、ぎょろっとした目を逸らしてから声をひくめて言った。
「その、馬鹿げた話ですが……甄家に幽霊が出るというのです」
「幽霊?」
英陽は一瞬、唖然とした。
「召使の幽霊らしいのですが、生まれたときから甄家の娘御に仕えていた忠実な女中で、娘御にとっては乳姉妹になるらしく、大切な主のゆくすえを案じてのあまりか、死んでからも甄家にいるという噂がたちましてな」
英陽は一瞬、背が寒くなった。
まさか、とは思うが……。あの夏の昼下がりでも青白い顔をしていた、陰気な顔の娘が思い出された。
(ご令嬢の側仕えのあの娘……まさか、あれがその噂の幽霊……とか?)
主は英陽の困惑ぶりを幽霊話に驚いてのことだと思っているようで、話しつづける。
「その幽霊が出るのは、現在の甄家の不運を嘆き恨んでのことで、その原因を作った馬家、つまりわしへの遺恨があって冥界に行けないのでは、とくだらんことを言いふらかす輩がおりましてな。それでついわしも甄家へは足が向かわなくなり、縁談の話もうやむやになってしまったしだいで。そんなときに、我が家がお世話している都人士の先生と、甄家の娘御が婚約となれば、両家のみぞが埋まってちょうど良いというもので。わっはっはっ」
主はのんきそうに団扇を動かすが、英陽はじつに複雑な心境だ。
「とりあえず、甄家に行って話してみます」
そう言うのが精一杯だった。
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