龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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朝顔幻想 二

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 すごいというのは、屋敷をかこむ壁の長さのこともあるが、さらにはそれを覆いつくす蔓である。延々とつづく。
「お気をつけなされませよ」
 門内へと進むと、老人は腰が曲がっているせいで、低くうなだれるようにしている頭を、一瞬あげた。日差しを避けるためにかぶっている鼠色の布の下からのぞく目が妙にゆがむ。
「何が? 害虫でもいるのか? まさか、まむしでも出るとか?」
 英陽は屋敷まえへとつづく敷石を踏みながら、とっさに自分の黒い布靴の先を見た。
「いえね、このお屋敷には若いお嬢様がいらっしゃるんですよ」
 若いお嬢様と聞いて、英陽の衣のうちの胸がすこし熱くなる。だが、あえて素っ気なさそうな顔をしてみせた。
「そうか」
「先生、なかなかの男前でございますからな、奥様がお嬢様を押し付けてくるかもしれませんぞ」
「こんな大家の奥様が、俺のような貧乏書生もどきを、娘婿にのぞむわけがないだろう」
 英陽はまた苦笑した。 
「大家とはいっても……、言ってはなんですが、ここのお屋敷……しん家も、先代様がお亡くなりになられてから、もはや昔日の勢いもむなしく、まぁ、かなり家計も苦しいらしいのだそうで……。正直なところ、奥様もお嬢さんをはやく家から出したいと思っているようで」
 〝お嬢様〟が、〝お嬢さん〟に変わる。
 英陽は、役人だった父の突然の死によって変わった周囲の人々の態度を思い出し、ほろ苦い気持ちになった。
 さいわい兄が当時すでに華選に合格しており、父の最後の威光もあって、どうにか役職に就くことができたので、家名を保つことはできたが、あのときの、まだ働き盛りといえる一家の大黒柱を突然失くしたときの恐怖にちかい寂寥感が、生いしげった庭木のはざまを狙って、うなじに下りてくるくるひんやりとした風に思い出させられる。
「甄家には、息子はいないのか?」
「おられることはおりますが、お身体が弱く……それで県令のお仕事も継ぐことがかなわず。今もお屋敷の奥で療養中でございますよ」
 老人は痛ましげに首をふった。
「それは、大変だな」
「ですから、奥様としては、お嬢さんが若くてまだ甄家のお名前がそれなりに価値のあるあいだに、どうにかしてふさわしいお相手に縁づけたいんでしょうよ」
 憂いをこめて目で老人は庭木をながめた。
「知り合いの、このお屋敷出入りの商人から聞いた話では、娘の嫁入り先をいろいろ捜しているようなんですが、金がないのに名だけがあるお家というのは、なにかと面倒ごとばかりがおおくて、いいお相手が決まらないようで」
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