龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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朝顔幻想 一

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 朝顔御殿あさがおごてん――。近所の人はそう呼びならわしているという。
「なるほどなぁ……」
 陸英陽りくえいようはその屋敷の前までたどりついてすぐ、その理由がわかった。
 広いが古びた灰色の壁一面を、朝顔の蔓がふんだんの緑葉とともに覆っているのだ。
 今は昼下がりなので、濃い紫や薄紫、紅色べにいろ、藍色の花はかたく花弁を閉じているが、これが朝になると、さぞかしにぎやかに咲き競うのだろう。英陽は感嘆のため息をついた。
「さすがにこの辺りは、田舎とはいえ風流なものだなぁ。《朝顔御殿》という呼び名からしてなんともみやびだし」
「まぁ……、さようでございますな、先生」
 案内してくれた老人は少し眉をゆがめた。 
 先生、と呼ばれて英陽はすこしこそばゆい。
 まさか自分が、地方とはいえ私塾の教師になるとは夢にも思わなかった。
(自分でも不思議だ。自他とも認める放蕩息子の俺が、いくら田舎とはいえ、人にものを教える立場になるとは)
 つい数年ほどまえまで、妓楼に入りびたって母を散々泣かせていたことを思い出すと、今、こうして銀糸ぎんし花鳥かちょうの刺繍模様も華やかな黒絹の袍衣ほういに身をつつんで、生真面目ぶって地方名家の門前に立っている今の自分が信じられない。つい、唇の端がゆがむ。
「どうなされました、先生?」
 役所の下働である実直そうな老人が、細い目をさらに細めて英陽の顔を下からうかがい見る。
「いやぁ、この俺が先生なんて呼ばれていいのかと思って」
「なにをおっしゃいます? 陸先生は立派な先生でございますよ。なんといっても都で一番という塾を優秀な成績で卒業されて〝華選かせん〟にも合格されたんですから。それもたった二十歳で。すごいことではないですか?」
 華選というのは、ここ、龍蘭帝国では科挙に相当する官吏登用試験のことである。
 華選に合格すれば、平民でも宮殿勤めができるようになり、世間からはそれなりの人士、準貴人としての扱いを受け、ちょっとした選民としてみなされる。
「そんな、人が言うほど大したものではないさ」
 英陽は苦笑した。実際、都では華選合格者も山ほどおり、英陽のようにぎりぎりで合格した程度の者は、よっぽどの縁故でもなければ宮仕えはできない。
 まだ若い英陽は、下流官吏でくすぶっているのも気がすすまず、それならばいっそ地方で一旗揚げてみようかと思いきり、風光明媚な避暑地として名高いこの地に職をもとめたのだ。
「それにしても……これは、すごいな」
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