龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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夢花廃園 一

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 あそこのお屋敷には幽霊が出るらしい……。
 そんな噂が都の上流人士のあいだで囁かれ出したのは、家の一人娘、沙蘭さらんが避暑地から都へ戻ってきてすぐ、うだるような夏の暑さがうすらぎ、心地良い風がうなじにながれる黒髪を撫でていくようになった頃だった。
「幽霊屋敷って呼ばれているんですって」
 その話を沙蘭に伝えたのは従姉妹の春玉しゅんぎょくである。
 二歳年上の従姉妹は、病弱でろくに屋敷から出られない沙蘭にとっては姉のような存在であり親友でもあった。
 また春玉はこの時代の龍蘭りゅうらん帝国の女子にしては珍しく、読書好きで羅家の書庫に眠る様々な蔵書にも目を通しており、そういう点でも絵を描くのが好きな沙蘭とは趣味も似通っており、いっしょにいてお喋りしたり、互いの作品を見比べてみたりと、楽しい時間を共有できる得がたい同志である。いや、もはや沙蘭の人生にはなくてはならない大事な家族である。
「幽霊って、女の人?」
 ちょうど女の幽霊の絵を眺めていたときだったので、沙蘭はそんなことを口にしていた。
「それがね、男の人なんですって。そこの使用人が言うには、いかめしい鎧姿の武士で……、ね、怖くない? 話しても大丈夫?」
「大丈夫よ。あんまり心配しないで」
 沙蘭は笑って答えたが、春玉がおおげさに心配するのも無理はない。
 生まれつき身体が丈夫ではない沙蘭は、あまり動きまわったり、動揺したりすると、すぐ熱を出して寝こむのだ。生まれたときは医者から、あまり長生き出来ないだろうと言われていたが、それでもどうにか両親の愛情や、都有数の豪商といわれる羅家の財による保護もあって、こうして十四の夏まで過ごせた。もう一月めぐれば十五だ。春玉はそれを思うと涙ぐみたくなる。
 この可憐で病弱な従姉妹いとこに、市井の怪談話なぞ吹き込んでいいものかどうかと迷ったが、屋敷のなかだけの生活に沙蘭がかなり倦んでしまっていることにも春玉は気づいていた。
 時々は外の風を吹き込んでやらないと、沙蘭は鬱屈してしまう。いくら叔母や乳母、召使たちがしんそこ沙蘭を愛し、気づかっているとはいえ、十四の乙女の好奇心や情熱がどれほどのものかおもんばかるには、彼女たちは季節を重ね過ぎてしまっているのだ。そばにいて、それに気づいてやれるのは自分だけなのだと春玉は自負していた。
「あのね……、うちの下働きの娘が聞いた話によると、都の東の、さい家というお家のことなんだけれど」
 春玉の父は中流の官吏で、生活はけっして豊かではないが、両親と兄の四人暮らしは平凡でのどかだ。
 家には下僕の中年男と小間使いがひとりと、田舎から出てきたばかりの下働きの娘がおり、その娘が陽気なおしゃべりで、なにかと近所の面白い話を持ってきてくれる。昨夜も夕食後、こんな噂話をしてくれた。

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