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双花競演 五
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「それでね、面白い話があるの。これ見て」
沙蘭は綴じ本をまた開いて、めあての絵を指さした。
「これ、見て。綺麗でしょう?」
ふたつならぶ櫓。向かい合うように立つ二人。
「この地で二十年以上昔にあった《花比べ》なんですって。こっちの東側に立っているのは《朝顔》で、西側のは《夕顔》。この二人は、当時、この町一番の妓楼《紫虹(しこう)楼》で、どちらがより美しいだろうかとさわがれた売れっ妓(こ)だったんですって」
絵で見るぶんには判断がつきかねないが、《朝顔》は橘色の衣に、その名にちなんで淡い緋色の朝顔の花らしき模様を散らしたものをまとい、向かいあう《夕顔》は黒地に純白の夕顔の花の模様の衣をまとっているようだ。
《朝顔》の方はやや頬がふっくらして小柄に見え、《夕顔》の方は細面で目は鋭く大人びて見え、背がすこし高そうだ。
舞いか踊りの仕草をとっていて互いに片手を上げているのが、まるでそこに刃でもかくし持って互いに牽制し合っているようにも見え、いかにも対決の場の緊張感をあらわしている。
《朝顔》が豊かそうな黒髪を高く結いあげているのとは対照的に、《夕顔》は腰の辺りまである長髪をおどろおどろしげに乱しているのが、ひどく見る者の目をひく。
《夕顔》はいかにも、淡い闇がはじまるころに咲き誇るその名の花にふさわしい、どこか影を持った美貌の持ち主だったようだ。こうして絵で見る分では、《夕顔》の方が強烈な引力を持ってせまってくる。
「どっちが勝ったの?」
《夕顔》、とあっさり沙蘭に返され、春玉は納得した。自分が見ていても、《夕顔》に花か銭を投げるだろう。
「でね、この《花比べ》、後日談があるのよ」
ちょうど沙蘭がそう言ったとき、観音開きの扉が開いて黒い影があらわれた。
「沙蘭に、春玉お嬢さん、こちらにいらしたんですか?」
「清鳳先生!」
沙蘭がびっくりするほど大きな、はしゃいだ声をあげる。
「先生にもらった画集を見ていたんです」
「ああ、『《朝顔》と《夕顔》』ですね」
卓に近づいてきて清風は絵を見下ろした。
化粧などまるでしていないが、相変わらずその頬は白絹のようになめらかで、唇は紅玉のように艶光りしている。簡素な黒衣をまとっていてすら、これほど美しいのだから、これで華やかな衣をまとい化粧したら、どれほどの美貌だろうと、春玉は磨かぬ玉を惜しむような残念な想いで清鳳を見たが、想像のなかで髪を伸ばさせてみると、短い方がこの人はいっそう美しいことに気づいた。
「春玉にその話をしていたのよ」
「あまり高尚なものではないのですが、絵の練習材料になればと思って」
清鳳は弁明するように春玉に説明した。
「私も興味あります。後日談って、何なんですか?」
「いえね……この二人は同じ《紫虹楼》でどちらがより美しく、より稼ぐかといつも競りあっておりまして」
形の良い長い眉をややしかめて絵を見る顔は、絵師というよりも学者のようだ。
沙蘭は綴じ本をまた開いて、めあての絵を指さした。
「これ、見て。綺麗でしょう?」
ふたつならぶ櫓。向かい合うように立つ二人。
「この地で二十年以上昔にあった《花比べ》なんですって。こっちの東側に立っているのは《朝顔》で、西側のは《夕顔》。この二人は、当時、この町一番の妓楼《紫虹(しこう)楼》で、どちらがより美しいだろうかとさわがれた売れっ妓(こ)だったんですって」
絵で見るぶんには判断がつきかねないが、《朝顔》は橘色の衣に、その名にちなんで淡い緋色の朝顔の花らしき模様を散らしたものをまとい、向かいあう《夕顔》は黒地に純白の夕顔の花の模様の衣をまとっているようだ。
《朝顔》の方はやや頬がふっくらして小柄に見え、《夕顔》の方は細面で目は鋭く大人びて見え、背がすこし高そうだ。
舞いか踊りの仕草をとっていて互いに片手を上げているのが、まるでそこに刃でもかくし持って互いに牽制し合っているようにも見え、いかにも対決の場の緊張感をあらわしている。
《朝顔》が豊かそうな黒髪を高く結いあげているのとは対照的に、《夕顔》は腰の辺りまである長髪をおどろおどろしげに乱しているのが、ひどく見る者の目をひく。
《夕顔》はいかにも、淡い闇がはじまるころに咲き誇るその名の花にふさわしい、どこか影を持った美貌の持ち主だったようだ。こうして絵で見る分では、《夕顔》の方が強烈な引力を持ってせまってくる。
「どっちが勝ったの?」
《夕顔》、とあっさり沙蘭に返され、春玉は納得した。自分が見ていても、《夕顔》に花か銭を投げるだろう。
「でね、この《花比べ》、後日談があるのよ」
ちょうど沙蘭がそう言ったとき、観音開きの扉が開いて黒い影があらわれた。
「沙蘭に、春玉お嬢さん、こちらにいらしたんですか?」
「清鳳先生!」
沙蘭がびっくりするほど大きな、はしゃいだ声をあげる。
「先生にもらった画集を見ていたんです」
「ああ、『《朝顔》と《夕顔》』ですね」
卓に近づいてきて清風は絵を見下ろした。
化粧などまるでしていないが、相変わらずその頬は白絹のようになめらかで、唇は紅玉のように艶光りしている。簡素な黒衣をまとっていてすら、これほど美しいのだから、これで華やかな衣をまとい化粧したら、どれほどの美貌だろうと、春玉は磨かぬ玉を惜しむような残念な想いで清鳳を見たが、想像のなかで髪を伸ばさせてみると、短い方がこの人はいっそう美しいことに気づいた。
「春玉にその話をしていたのよ」
「あまり高尚なものではないのですが、絵の練習材料になればと思って」
清鳳は弁明するように春玉に説明した。
「私も興味あります。後日談って、何なんですか?」
「いえね……この二人は同じ《紫虹楼》でどちらがより美しく、より稼ぐかといつも競りあっておりまして」
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