36 / 110
双花競演 五
しおりを挟む
「それでね、面白い話があるの。これ見て」
沙蘭は綴じ本をまた開いて、めあての絵を指さした。
「これ、見て。綺麗でしょう?」
ふたつならぶ櫓。向かい合うように立つ二人。
「この地で二十年以上昔にあった《花比べ》なんですって。こっちの東側に立っているのは《朝顔》で、西側のは《夕顔》。この二人は、当時、この町一番の妓楼《紫虹(しこう)楼》で、どちらがより美しいだろうかとさわがれた売れっ妓(こ)だったんですって」
絵で見るぶんには判断がつきかねないが、《朝顔》は橘色の衣に、その名にちなんで淡い緋色の朝顔の花らしき模様を散らしたものをまとい、向かいあう《夕顔》は黒地に純白の夕顔の花の模様の衣をまとっているようだ。
《朝顔》の方はやや頬がふっくらして小柄に見え、《夕顔》の方は細面で目は鋭く大人びて見え、背がすこし高そうだ。
舞いか踊りの仕草をとっていて互いに片手を上げているのが、まるでそこに刃でもかくし持って互いに牽制し合っているようにも見え、いかにも対決の場の緊張感をあらわしている。
《朝顔》が豊かそうな黒髪を高く結いあげているのとは対照的に、《夕顔》は腰の辺りまである長髪をおどろおどろしげに乱しているのが、ひどく見る者の目をひく。
《夕顔》はいかにも、淡い闇がはじまるころに咲き誇るその名の花にふさわしい、どこか影を持った美貌の持ち主だったようだ。こうして絵で見る分では、《夕顔》の方が強烈な引力を持ってせまってくる。
「どっちが勝ったの?」
《夕顔》、とあっさり沙蘭に返され、春玉は納得した。自分が見ていても、《夕顔》に花か銭を投げるだろう。
「でね、この《花比べ》、後日談があるのよ」
ちょうど沙蘭がそう言ったとき、観音開きの扉が開いて黒い影があらわれた。
「沙蘭に、春玉お嬢さん、こちらにいらしたんですか?」
「清鳳先生!」
沙蘭がびっくりするほど大きな、はしゃいだ声をあげる。
「先生にもらった画集を見ていたんです」
「ああ、『《朝顔》と《夕顔》』ですね」
卓に近づいてきて清風は絵を見下ろした。
化粧などまるでしていないが、相変わらずその頬は白絹のようになめらかで、唇は紅玉のように艶光りしている。簡素な黒衣をまとっていてすら、これほど美しいのだから、これで華やかな衣をまとい化粧したら、どれほどの美貌だろうと、春玉は磨かぬ玉を惜しむような残念な想いで清鳳を見たが、想像のなかで髪を伸ばさせてみると、短い方がこの人はいっそう美しいことに気づいた。
「春玉にその話をしていたのよ」
「あまり高尚なものではないのですが、絵の練習材料になればと思って」
清鳳は弁明するように春玉に説明した。
「私も興味あります。後日談って、何なんですか?」
「いえね……この二人は同じ《紫虹楼》でどちらがより美しく、より稼ぐかといつも競りあっておりまして」
形の良い長い眉をややしかめて絵を見る顔は、絵師というよりも学者のようだ。
沙蘭は綴じ本をまた開いて、めあての絵を指さした。
「これ、見て。綺麗でしょう?」
ふたつならぶ櫓。向かい合うように立つ二人。
「この地で二十年以上昔にあった《花比べ》なんですって。こっちの東側に立っているのは《朝顔》で、西側のは《夕顔》。この二人は、当時、この町一番の妓楼《紫虹(しこう)楼》で、どちらがより美しいだろうかとさわがれた売れっ妓(こ)だったんですって」
絵で見るぶんには判断がつきかねないが、《朝顔》は橘色の衣に、その名にちなんで淡い緋色の朝顔の花らしき模様を散らしたものをまとい、向かいあう《夕顔》は黒地に純白の夕顔の花の模様の衣をまとっているようだ。
《朝顔》の方はやや頬がふっくらして小柄に見え、《夕顔》の方は細面で目は鋭く大人びて見え、背がすこし高そうだ。
舞いか踊りの仕草をとっていて互いに片手を上げているのが、まるでそこに刃でもかくし持って互いに牽制し合っているようにも見え、いかにも対決の場の緊張感をあらわしている。
《朝顔》が豊かそうな黒髪を高く結いあげているのとは対照的に、《夕顔》は腰の辺りまである長髪をおどろおどろしげに乱しているのが、ひどく見る者の目をひく。
《夕顔》はいかにも、淡い闇がはじまるころに咲き誇るその名の花にふさわしい、どこか影を持った美貌の持ち主だったようだ。こうして絵で見る分では、《夕顔》の方が強烈な引力を持ってせまってくる。
「どっちが勝ったの?」
《夕顔》、とあっさり沙蘭に返され、春玉は納得した。自分が見ていても、《夕顔》に花か銭を投げるだろう。
「でね、この《花比べ》、後日談があるのよ」
ちょうど沙蘭がそう言ったとき、観音開きの扉が開いて黒い影があらわれた。
「沙蘭に、春玉お嬢さん、こちらにいらしたんですか?」
「清鳳先生!」
沙蘭がびっくりするほど大きな、はしゃいだ声をあげる。
「先生にもらった画集を見ていたんです」
「ああ、『《朝顔》と《夕顔》』ですね」
卓に近づいてきて清風は絵を見下ろした。
化粧などまるでしていないが、相変わらずその頬は白絹のようになめらかで、唇は紅玉のように艶光りしている。簡素な黒衣をまとっていてすら、これほど美しいのだから、これで華やかな衣をまとい化粧したら、どれほどの美貌だろうと、春玉は磨かぬ玉を惜しむような残念な想いで清鳳を見たが、想像のなかで髪を伸ばさせてみると、短い方がこの人はいっそう美しいことに気づいた。
「春玉にその話をしていたのよ」
「あまり高尚なものではないのですが、絵の練習材料になればと思って」
清鳳は弁明するように春玉に説明した。
「私も興味あります。後日談って、何なんですか?」
「いえね……この二人は同じ《紫虹楼》でどちらがより美しく、より稼ぐかといつも競りあっておりまして」
形の良い長い眉をややしかめて絵を見る顔は、絵師というよりも学者のようだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる