龍蘭帝国奇談夜話

平坂 静音

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暗夢黒珠 一

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「お嬢様、またあの物乞いが来ているよ」
 廊下の円月型えんげつがた窓から外をながめていた小間使いの珠々じゅじゅが、門を指さした。
「珠々ったら、あれは物乞いじゃなくて〝歌売り女〟よ。物語を歌にして売る芸人よ」  
 門近く、金盞花きんせんかのならぶ花壇のあたりへと近づいてくる人影をみとめて、朱蘭はしたり顔で訂正した。
 珠々はもともと南方からながれてきた移民の子なので、帝国の言葉や習俗にうとい。それをときどき訂正してなおしてやったり、正しい言い方を教えてやったりするのが主の朱蘭しゅらんだった。そんなとき朱蘭は、自分が目のまえの下働きの少女とおなじ十三歳でも、すこし大人になった気がしてたのしい。
「でも、物乞いじゃないですか? 他人様にお願いして食べものやお金を恵んでもらうんだから」
 ふっくらした唇を不満気につきだし、ここ、龍蘭りゅうらん帝国ではあまり見かけない二重の目をすこしゆがめて珠々は反論した。珠々の頬は、太陽神にいつくしまれた民の子らしく、すこやかな木の実色をしている。
(わたしも珠々みたいな肌だったらなぁ)
 大人たちはあまり好まないが、日に焼けた珠々の肌は、病弱でほとんど屋敷から出られず、いつも青白い肌をしている朱蘭にしてみれば、健康と力強い生命のあかしそのものだ。 
 夕暮れの風が、紅梅こうばい色の紐でたばねた珠々のちぢれ髪をゆらす。花の形にむすんである紐は、朱蘭が自分の髪紐を作るときにあまった布でこしらえてやったもので、朱蘭の長髪には映えても、珠々の短いちぢれ髪にはやや不釣合いだ。だが、そのちぢれた黒髪も、墨汁が凝りかたまったかのような瞳も朱蘭は気に入っていた。
 その瞳が、円窓のむこうの夕焼けに茜に染められた池の水面や、すすきの波に向けられているとき、きっと珠々は生まれ故郷を思い出しているのだろうと朱蘭は察せられ、すこし切なくなり、そっとしておいてやりたくなる。
 朱蘭は想像してみた。ちいさな家ほどに大きい鼻の長い巨大な獣、とても辛い食べ物、強烈な香をまく花々……。
 きっと珠々の心は、南方を旅した商人が話してくれた、帝国の人々が蛮土ばんどといやしむ彼女の故郷をさまよっているにちがいない。いつか朱蘭もそこを訪れたいと思うが、もちろん夢でしかない。
 生まれてから病気がちでよく熱を出しては寝込んでいる朱蘭にとっては、この屋敷が全世界だった。母は、いつか元気になったら、いろんなところへ連れて行ってあげると約束してくれたが、朱蘭はあまり期待していない。第一、人なみに健康な母だとて、それほどこの帝国の南端に位置する邑落ゆうらくを自由気ままにうろつけるわけではないのだ。
 なにより父が、女があまり外に出ることを、心よく思っていないからだ。
(良家の妻女があまり外に出てはよくない。女というものは、屋敷のなかでつつましく家政をしきっているのが一番なのだ)
 この邑落では一番の豪商と知られている父の言うことだから、正しいのだろう。
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