牢獄の夢

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
23 / 45

しおりを挟む
 すべては宰相ダルブルケルケの思惑どおりになったかと思いきや、物事はここで少し複雑になってきました。

 その一番の理由は、マリア・デ・パディリャが、けっして主の言うとおりに動くお人形ではなかったことです。

 この女は見た目の善良そうな外見に反し、なかなか気骨きこつもあれば奸智かんちもそなえた女でした。そしてレオノールが持ちえなかった思慮分別という最大の武器と、謙虚という最高の鎧をもっていたのでございます。

 あなたはこの女の魔力にすっかりとりこまれ、細い腕とひきしまった腰とやわらなか膝に、母上様からは得られぬ安らぎを得たのでございましょう。

 おそらくマリア・デ・パディリャはあなたにとって心の妻であると同時に、ときにやや厳しい姉でもあれば、とことん甘やかしてくれる優しい母でもあり、ときには逆に、守ってやらねばという被保護欲を感じさせてくれるいとけない妹でもあり、またときには抜け目なく献策してくる軍師でもあれば、宗教や道徳を武器にして、神や教皇庁のく正しい結婚生活に背を向けるあなたをとがめる世間というものに対して共闘する戦友でもあったのでございましょうか。

 そのどれひとつにもなれなかった異国の王城の奥庭おくにわにはぐくまれた白薔薇のわたくしとちがって、マリア・デ・パディリャというのは、したたかにつるを伸ばし大地に根をはる真紅の野薔薇のような女でした。

 わたくしのように、祖国の宮殿にあったときは、奥園で風にも雨にもあてずに大事にはぐくまれた花は、いったん他国に植えかえられた途端、根は弱まり、花びらは力をなくし香を放つことも種を残すことすらできなくなってしまうものなのかもしれませぬ。

 そんな高貴ではあっても脆弱ぜいじゃくな白薔薇とちがって、野育ちの薔薇は南国の太陽の恵みのもと、醜草しこぐさにまもられ、強靭きょうじんな生命力でもって粗い大地にあっても堂々と根を張りめぐらしてしまうものなのでございましょう。

 憎くはあっても……、たしかにその強靭さと、そこへ行くまでの忍耐力は認めないわけにはいきません。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

浮雲の譜

神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。 峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

荒川にそばだつ

和田さとみ
歴史・時代
戦国時代、北武蔵を治める藤田氏の娘大福(おふく)は8歳で、新興勢力北条氏康の息子、乙千代丸を婿に貰います。 平和のために、幼いながらも仲睦まじくあろうとする二人ですが、次第に…。 二人三脚で北武蔵を治める二人とはお構いなく、時代の波は大きくうねり始めます。

楽毅 大鵬伝

松井暁彦
歴史・時代
舞台は中国戦国時代の最中。 誰よりも高い志を抱き、民衆を愛し、泰平の世の為、戦い続けた男がいる。 名は楽毅《がくき》。 祖国である、中山国を少年時代に、趙によって奪われ、 在野の士となった彼は、燕の昭王《しょうおう》と出逢い、武才を開花させる。 山東の強国、斉を圧倒的な軍略で滅亡寸前まで追い込み、 六か国合従軍の総帥として、斉を攻める楽毅。 そして、母国を守ろうと奔走する、田単《でんたん》の二人の視点から描いた英雄譚。 複雑な群像劇、中国戦国史が好きな方はぜひ! イラスト提供 祥子様

氷の沸点

藤岡 志眞子
歴史・時代
「狐に幸運、人に仇」の続編。 親戚同士で幼馴染の久尾屋の娘、千陽(ちはる)と、天野 夏以(なつい)は仲が良く初恋同士でもあった。 しかし、恋心が芽生える前から結婚はできないからね、とお互いの両親から言われ続けて年頃を迎える。 薬師見習いとして久尾屋に奉公に上がった夏以は、恋焦がれる千陽に婚約者がいる事を知る。 婚約者の遠原 和葉(とおはら かずは)、本名を天野 桂樹(あまの けいじゅ)。そして入れ替わったもうひとりの人物。 関わる者の過去、繋がりにより急展開していく四人の人生。(狐憑き)の呪いは続くのか。 遠原 和葉目線、天野 桂樹目線、祥庵目線(他、人物目線)と、様々な人物のストーリーが交錯していきます。 伏線回収系ストーリー 36話完結。 (※二十歳以下の登場人物の年齢に三歳足すと現代の感覚に近くなると思います。)

来し方、行く末

紫乃森統子
歴史・時代
月尾藩家中島崎与十郎は、身内の不義から気を病んだ父を抱えて、二十八の歳まで嫁の来手もなく梲(うだつ)の上がらない暮らしを送っていた。 年の瀬を迎えたある日、道場主から隔年行事の御前試合に出るよう乞われ、致し方なく引き受けることになるが…… 【第9回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます!】

海怪

五十鈴りく
歴史・時代
これは花のお江戸にて『海怪(うみのばけもの)』と呼ばれた生き物と、それに深く関わることになった少年のお話。 ※小説家になろう様(一部のみノベルアッププラス様)にて同時掲載中です。

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

処理中です...