牢獄の夢

平坂 静音

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 すべては宰相ダルブルケルケの思惑どおりになったかと思いきや、物事はここで少し複雑になってきました。

 その一番の理由は、マリア・デ・パディリャが、けっして主の言うとおりに動くお人形ではなかったことです。

 この女は見た目の善良そうな外見に反し、なかなか気骨きこつもあれば奸智かんちもそなえた女でした。そしてレオノールが持ちえなかった思慮分別という最大の武器と、謙虚という最高の鎧をもっていたのでございます。

 あなたはこの女の魔力にすっかりとりこまれ、細い腕とひきしまった腰とやわらなか膝に、母上様からは得られぬ安らぎを得たのでございましょう。

 おそらくマリア・デ・パディリャはあなたにとって心の妻であると同時に、ときにやや厳しい姉でもあれば、とことん甘やかしてくれる優しい母でもあり、ときには逆に、守ってやらねばという被保護欲を感じさせてくれるいとけない妹でもあり、またときには抜け目なく献策してくる軍師でもあれば、宗教や道徳を武器にして、神や教皇庁のく正しい結婚生活に背を向けるあなたをとがめる世間というものに対して共闘する戦友でもあったのでございましょうか。

 そのどれひとつにもなれなかった異国の王城の奥庭おくにわにはぐくまれた白薔薇のわたくしとちがって、マリア・デ・パディリャというのは、したたかにつるを伸ばし大地に根をはる真紅の野薔薇のような女でした。

 わたくしのように、祖国の宮殿にあったときは、奥園で風にも雨にもあてずに大事にはぐくまれた花は、いったん他国に植えかえられた途端、根は弱まり、花びらは力をなくし香を放つことも種を残すことすらできなくなってしまうものなのかもしれませぬ。

 そんな高貴ではあっても脆弱ぜいじゃくな白薔薇とちがって、野育ちの薔薇は南国の太陽の恵みのもと、醜草しこぐさにまもられ、強靭きょうじんな生命力でもって粗い大地にあっても堂々と根を張りめぐらしてしまうものなのでございましょう。

 憎くはあっても……、たしかにその強靭さと、そこへ行くまでの忍耐力は認めないわけにはいきません。
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