聖白薔薇少女 

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
187 / 210

負の遺伝 一

しおりを挟む
 首尾よく落ち合うと、以前とおなじく裏にある洗濯場に向かう。そこなら万が一杉かシスターが本館から向かってきたとしても目に入らない。

「でも、よくばれずにここまで来れたわね。前のときもそうだったけれど、どうやって敷地内に入って来たの?」

 楕円だえんの月の下、司城の顔が困ったようにゆがんだ。司城は前とおなじく黒いレザー姿だ。遠目には忍者か泥棒に見えるだろう。

「秘密の場所があってね。そこ死角になっていて、どうにか隙をついて入ってきたんだ」

「え? そんな場所があるの? どこ、どこ?」

 いざというとき、そこから逃げ出せるのではと思って訊いてみると、司城は苦笑いして首を振った。

「君には無理だよ」

「無理でも、教えてくれるだけ教えてよ?」

「いやー、女の子には無理だから」

 高い塀だろうか。気にはなったが、美波はとにかく今は先日入手した情報を告げた。

「妹さんのことなんだけれど……」

 口早に盗み聞きしたシスター・アグネスと杉の話の内容を伝える。

 司城の顔に苦悶がにじむ。話を聞き終えると、苦いものを飲みこんだように苦しげな顔になった。

「やっぱり、妹は殺されたんだな。いくら彩花自身が飛び降りたからといって、そこまで追い詰めたのは連中だ」

「わたしが証人になるわ。夕子だっていっしょに聞いていたんだし。警察に行こう」

「……それだけじゃ駄目だ」

 司城は忌々しげに首を振る。

「女の子二人の証言だけじゃ不足だ。せいぜい、学院に不満のある女生徒のたわごとでかたづけられてしまう」

「そんな……」

 意気込んで何か言おうとする美波を司城は辛そうな目で見下ろした。

「君には想像もつかないだろうが、この学院のバックには国際的な巨大組織がついているんだ。だからこそ、半世紀以上にもわたって大勢の女性たちの人生を調べ続ける、なんてとんでもない面倒なことが出来るんだよ」

 話はどんどんとんでもない方向に向かっていっており、ときどき美波は呆然としそうになる。

「……でも、調べて、それをどうするの?」

 そのことはずっと美波にとって疑問だった。

 司城は一瞬、唇を噛んだ。言うかどうか迷っているような顔だ。

「もうここまで知ったんだから説明しておいた方がいいだろう。この学院の創始者であるジョナサン神父のパートナーであり、ともにこの学院の運営を助けたオブライエン博士は、遺伝学のエキスパートだった。ジョナサン神父は堕落した女性の救済が目的だが――それも俺に言わせたらかなりエゴイスティックな言い分だと思うけれどね――、オブライエン博士は、集められた女性たちの負の遺伝を調べるのが目的だった」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

双珠楼秘話

平坂 静音
ミステリー
親を亡くして近所の家に引き取られて育った輪花は、自立してひとりで生きるため、呂家という大きな屋敷で働くことになった。 呂家には美しい未亡人や令嬢、年老いても威厳のある老女という女性たちがいた。 少しずつ屋敷の生活に慣れていく輪花だが、だんだん屋敷の奇妙な秘密に気づいていく。

神暴き

黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。 神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

アイリーンはホームズの夢を見たのか?

山田湖
ミステリー
一人の猟師が雪山にて死体で発見された。 熊に襲われたと思われるその死体は顔に引っ搔き傷のようなものができていた。 果たして事故かどうか確かめるために現場に向かったのは若手最強と言われ「ホームズ」の異名で呼ばれる刑事、神之目 透。 そこで彼が目にしたのは「アイリーン」と呼ばれる警察が威信をかけて開発を進める事件解決補助AIだった。 刑事 VS AIの推理対決が今幕を開ける。 このお話は、現在執筆させてもらっております、長編「半月の探偵」の時系列の少し先のお話です。とはいっても半月の探偵とは内容的な関連はほぼありません。 カクヨムweb小説短編賞 中間選考突破。読んでいただいた方、ありがとうございます。

処理中です...