聖白薔薇少女 

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
173 / 210

しおりを挟む
「一応大丈夫だけれど……。あのときは死ぬかと思った」

「……あのとき、なんか悪いものでも食べた?」

 美香がトイレに急にたったときの献立を美波は必死に思い出してみた。やはり引っかかるものがあるのだ。

「シチューだったかな?」

 そう、たしかビーフシチューだった。別館で最初の夕食だ。

「デザートのせいでお腹冷えたのかも」

 美香が思い出したようにぽつりとつぶやき、言葉をつないだ。

「アイスクリームなんて久しぶりだったからさ、嬉しかったんだけれど、食べ終わるころにお腹が痛くなって」

「大変だったわね」

 慰め顔に言うと、美香は無言になってしまう。

「どうしたの?」

「もうすぐ、生まれるんだよね……」

 美香の顔はひどく憂鬱そうで、美波は返す言葉が思いつかない。 

 ふと、美香が哀れになってきた。

 世の中の妊娠女性は、夫や親に期待され、大切にされ周囲から祝福されつつ新たな生命を身体のなかではぐくみ、世に送り出すという尊い仕事をするのに、どういう運命でか、十六、七でこんな大任を背負いこみ、世間からは白い目で見られ、肉親すらからも疎んじられ悩みの種とされ、後ろめたさを抱え隠れるようにしてひっそり産まなければならない者もいる。

「どうしょう……」

「……」

「杉さんから言われてるんだ。もし育てられないなら、養子縁組先を捜してあげるからって。親もその方がいいって……。うちの父親って、」

 そこで美香は息を吐いた。同年代にしては老けた印象の美香だったが、その横顔はさらに齢を取ってしまったように見える。

「義理の父親なんだよね。母親の再婚相手」

「血の繋がりがないのね」

「べつに苛められたりとかはなかったけどね……。でも、義理だから、あんまり迷惑かけられないんだよね。家には種ちがいの弟と妹がいるし」
 
 美香も複雑な事情を抱えていたのだ。

「……実のお父さんはどうしているの?」

「知らない。ま、どっかで生きているんだろうけれどさ」

 美波は昨夜のことを思い出してみたが、山本美香にかんしてはファイルに特別な記載がなかった。彼女はまったくの偶然でこの学院へ来たのかもしれない。

「うちって……私の実家のあたりってさ、妙な店ばっかあるところなのよ」

「妙な店?」

「そ。ソープとかそういうのがずらった並んでるの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

双珠楼秘話

平坂 静音
ミステリー
親を亡くして近所の家に引き取られて育った輪花は、自立してひとりで生きるため、呂家という大きな屋敷で働くことになった。 呂家には美しい未亡人や令嬢、年老いても威厳のある老女という女性たちがいた。 少しずつ屋敷の生活に慣れていく輪花だが、だんだん屋敷の奇妙な秘密に気づいていく。

神暴き

黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。 神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依
ミステリー
主人公飯田咲良(いいだ さくら)は姉に殺された。しかし、己の肉体を失ったはずの咲良はなぜか姉の体で新たな生を受けることになる。自分の死から半年が過ぎた頃、咲良の周囲で異変が起こり始める。次々と生まれ、迷宮入りの様相を呈していく数々の謎に、咲良は真実を見つけることができるのか。 PVがありますのでそちらをどうぞ。 https://www.youtube.com/watch?v=ytliDsdwzRk

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...