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五
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「杉さんもいなくて、学院へ呼びに行こうと思っていたの」
「ああ、夏期休暇中は学院に泊まるらしいからね」
「え? なんでよ?」 これは美波には衝撃だ。
「なんか、いろいろ向こうでする仕事があるからとか言っていた」
「聞いてないわよ。そんなの、困る……。とにかく、お願い、雪葉を見ていてあげて」
なんとしても杉に来てもらわないと。美波は今にも走り出したい気分だ。
「今学院へ行くのは無理じゃない?」
「え? なんでよ」 今度は質問ではなく、責めるような口調で言っていた。
トイレのぼんやりとした照明のもと、夕子の目が苦く光る。
「多分、鍵がかけられていると思う」
「ええ?」 わけがわからずぽかんとしてしまう。
「ここはいつも夜になると鍵がかけられるんだって。厨房のおばさんが言ってた」
料理を作るのはさすがに生徒たちだけでは出来ず、学院で雇われているらしい中年の女性二人が指導することになっている。彼女たちは敷地内の宿舎に暮しており、現在は五人の女性たちがそこにおり、普段は全校生徒の給食や学院内の雑用などをしている。その女性の一人が、夕子の顔の傷を見て心配して、今日一日いろいろ話しかけてきて、二人でゴミ捨てに行ったときこっそり学院のことをいろいろ教えてくれたのだという。
「鍵は杉さんだけが持っていて……。夜間に杉さんが外出する場合は外からも開けられないように施錠して行くとか。……とりあえず、行ってみる?」
はやる気持ちをおさえ、美波は夕子と二人で一階のドアのところに行ってみて確認してみた。
「本当だ、開かない……」
外側から鍵をかけるなどということがあるのだろうか。まるで閉じこめられ、監禁されているみたいではないか。万が一にも火事でも起こった場合はどうなるのだ。
「どこか、窓から出ることとかできないの?」
言ってみてから美波はこの建物の窓がすべてひどく高い位置にあることを思い出す。この別館だけではない。寮の部屋の窓もみな高い位置にある。元来の建築様式もさることながら、まるで内部の人間の逃亡を防ぐためのように。
逃亡――。自分で思ってみて美波は胸がざわついた。
「まるで、わたしたちが囚人みたいじゃない。こんなのひどくない?」
「でも、昔よりマシになったんだってさ。まえは鉄格子が嵌められていたんだって」
玄関の常夜灯の灯りが二人の頭上にほのかに落ちてくる。
「ああ、夏期休暇中は学院に泊まるらしいからね」
「え? なんでよ?」 これは美波には衝撃だ。
「なんか、いろいろ向こうでする仕事があるからとか言っていた」
「聞いてないわよ。そんなの、困る……。とにかく、お願い、雪葉を見ていてあげて」
なんとしても杉に来てもらわないと。美波は今にも走り出したい気分だ。
「今学院へ行くのは無理じゃない?」
「え? なんでよ」 今度は質問ではなく、責めるような口調で言っていた。
トイレのぼんやりとした照明のもと、夕子の目が苦く光る。
「多分、鍵がかけられていると思う」
「ええ?」 わけがわからずぽかんとしてしまう。
「ここはいつも夜になると鍵がかけられるんだって。厨房のおばさんが言ってた」
料理を作るのはさすがに生徒たちだけでは出来ず、学院で雇われているらしい中年の女性二人が指導することになっている。彼女たちは敷地内の宿舎に暮しており、現在は五人の女性たちがそこにおり、普段は全校生徒の給食や学院内の雑用などをしている。その女性の一人が、夕子の顔の傷を見て心配して、今日一日いろいろ話しかけてきて、二人でゴミ捨てに行ったときこっそり学院のことをいろいろ教えてくれたのだという。
「鍵は杉さんだけが持っていて……。夜間に杉さんが外出する場合は外からも開けられないように施錠して行くとか。……とりあえず、行ってみる?」
はやる気持ちをおさえ、美波は夕子と二人で一階のドアのところに行ってみて確認してみた。
「本当だ、開かない……」
外側から鍵をかけるなどということがあるのだろうか。まるで閉じこめられ、監禁されているみたいではないか。万が一にも火事でも起こった場合はどうなるのだ。
「どこか、窓から出ることとかできないの?」
言ってみてから美波はこの建物の窓がすべてひどく高い位置にあることを思い出す。この別館だけではない。寮の部屋の窓もみな高い位置にある。元来の建築様式もさることながら、まるで内部の人間の逃亡を防ぐためのように。
逃亡――。自分で思ってみて美波は胸がざわついた。
「まるで、わたしたちが囚人みたいじゃない。こんなのひどくない?」
「でも、昔よりマシになったんだってさ。まえは鉄格子が嵌められていたんだって」
玄関の常夜灯の灯りが二人の頭上にほのかに落ちてくる。
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