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ルシューランにて
異変
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その言葉を最後に男は口をつぐんでしまった。ひたすらに作業を進め、他に異常はないかを執拗なまでに調べている。これ以上聞いても何も語らないだろう。御役御免と言ったところだろうか。
あぁ、違った。そもそもが必要とはされていなかったのか。
取り付く島もないほどにはっきりと断られてしまったことに少し拗ねた感情が心に芽生えるのを感じながら二人は先程上ってきた階段をパタンパタンと騒がしく降りていた。
「カル、もう少し足音抑えなよ」
「人のこと言えないだろ」
少し短くなったローソクが足元に弱々しい明かりを落としている。風のせいか下の方は消えてしまっているようだ。
「何がいけないんだよ」
カルがふと疑問を口にした。
「仕方ないよ。それほど困っていなかったってだけさ」
「そうかなぁ」
「いきなり仕事なんて、言われても困るよね」
いけると思ったんだけど。そう言ってサリュは残念そうに足音の間で軽く階段を蹴った。簡単に仕事が見つかっていた今までがおかしかったのかもしれない、そう思うと少し不安を覚えた。
「そんな顔すんなよ」
「、、、うん、明日探してみよう。これくらいの町ならきっと役所もあるよ」
「まぁ、そうなるな。とりあえず明日だ。何か疲れた」
宿はまだその窓から光を溢し、静けさに浸る通りにひとつの温もりを見出だしていた。
「おかえり。遅かったね」
カウンターに立つルビアナは出掛けるときと変わらずほくほくとした笑顔を向けた。元が整っているからだろう、丸い頬にも愛嬌がある。
「まだお休みにならないんですか」
「そうだねぇ。もう少し待ってみようかなってね。うちの旦那が帰ってこないんだよ」
「旦那さんが。それは心配ですね」
「あぁ、気にしないでおくれ。珍しいことでもないからさ」
彼女にもそれほど気にしている様子はない。仕事ついでらしく台帳に何か書き込んでいたようで手にはペンを握ったままだ。
「早くお休みなさい。あの子なんてもう半目じゃないか」
後方でバランスを失い揺れているカルを指差した。今にも閉じそうな瞼を懸命に上げている姿が危うい。
「そうします。お休みなさい」
「はい、お休み」
見送る丸いシルエットがあくびを噛み殺し目を擦るのが見えた。
部屋に戻るとそのまま廊下からの明かりの記憶を頼りにベッドへと飛び込んだ。何を思うでもなくただ体が重く、そのまま張り付くように横たわっているとカルが寝息をたて始めた。
静かな部屋。聞こえるのはカルの呼吸だけの静寂の中でサリュはどの様にして宿まで帰ってきたのかを考えていた。
サリュの意識と反対に夜は明けた。
ドンドンドンドン!
━━━━たたち? ちょっとあんたたち起きてるかい?」
騒がしいノックの音とルビアナの声が二人の朝を迎えた。
「サリュ、、なに、、?」
カルはまだ意識がはっきりしていないようで、寝ぼけ眼を擦りながら開けるよう促した。
重い体を引きずって扉を開くとルビアナは飛び込んできて目の前にいたサリュをわしっと抱き締めた。
「ふぇっ?」
「あぁ、良かった。起きてるんだね!」
「えっと、ルビアナさん、どうしました」
「どしたのおばちゃん」
目を丸くしているカルの方を見ながらサリュをぬいぐるみのように抱き締めたままで彼女は叫んだ。
「大変なんだよ、誰もいないの!」
「はぁ?」
「いないんだよ、町に誰も」
「はい?」
「だから、いないんだって言ってるんだよ」
「えっ?」
「何なんだい、もう!」
ルビアナの声が裏返った。訳がわからないという顔をして、同じく理解ができていないカルに必死に訴えている。
「る、ルビアナさん落ち着いて。とりあえず離していただけますか」
「ん?」
やっと目が合ったルビアナは思い出したように体を離した。
「あっ、あぁ、ごめんよ」
サリュがまだ覚束無い意識にふらつきながら一歩後ろに下がると、入り口にいたルビアナが深い溜め息をひとつ吐いて中へと入り扉を閉めた。
「失礼するよ」
「もう結構失礼してるよ」
「そうかい、悪いね」
少し落ち着きを取り戻したのかカルの皮肉にも軽快に答え、近くにあったサリュのベッドに腰かける。
「いやぁ、よかったよ。あんたたちがいて」
「何があったんだよ」
「それがね、あたしにも訳がわからないんだよ」
「わからない?」
「町に人がいないんだよ」
外を見てごらん。と隣に立つサリュを促すので窓から外の様子を見てみる。確かに通りにはひとの気配がない。
「本当だ。いない」
「そんなの朝だからじゃないのかよ」
「何言ってるんだい。もう昼だよ」
「嘘だろ?」
ルビアナの言うとおり既に太陽は高く上り、昨日の人通りと比べると誰もいないというのは明らかに不自然だった。
「皆はどこに?」
「それがわからないから困ってるんじゃないか」
「そっか。そうでしたね。、、リュールも?」
「それが、、ん? そうだよ! リュールが、リュールが大変なんだよ!」
その言葉にカルが飛び起きた。
「どうした?」
「私にももう、何がなんだか」
ルビアナはぶんぶんと首を振る。その手がシーツを握りしめて細かなシワを作った。
「何があったんですか」
「起きないんだよ」
「起きない?」
「今朝、いつまで経っても起きてこないから起こしに行ったんだよ。それ自体は別に珍しいことでもなんでもないんだけど、いくら起こしても起きないんだ」
ルビアナの眉間にシワが寄り、眉尻が下がる。その表情は動揺と不安とをありありと映し出す。ただ事ではない。
「何か症状のようなものは? 熱か何か」
「それが、、寝てるだけなんだよ」
「どういうこと?」
カルが立ち上がる。先程のことで目は完全に覚めたようだ。
「言葉のままさ。私も熱があるんじゃないかと思ったんだけどね。熱くないし、苦しげな素振りもないし。本当にわからなくなっちゃってね、誰か呼ぼうと思って外に出たけど、、」
そういうことか。そのとき町の異変にも気づいた。
「町に医者は?」
「いるにはいるんだけど閉まっててね。いくら呼んでも出てきてくれなかったよ」
医者のもとへ行く道中、彼女が見た限りは町にはひとりも人がいなかったという。
「それで僕たちのところに」
サリュの言葉に頷いたルビアナは
「宿泊客の安全は確かめるべきだと思ってね」
言い訳のように付け足した。
「本当に起きないのか?」
横たわるリュールはどう見てもやはり眠っているようにしか見えず、顔を近づけると寝息も聞こえた。
「死んでる訳じゃないしな」
「カルっ、何てこと言うんだよ」
「いや、生きてるって言いたかったんだよ」
珍しくサリュの口調が尖るのを聞いてカルは慌てた様子で言い直す。
何が起こっているのか確認しておこうと下へ降りてきたのだが、わかることはそれ以上はなかった。
「どうなってんだよ」
「ずっとこんなだよ。病気って訳でもなさそうだし、訳がわからなくて」
落ち着きなく狭い子供部屋で行ったり来たりを繰り返すルビアナを制止し、近くにあった小さな椅子に座らせる。
しばらく考えるようにカルはじっとリュールを眺めていた。そしてサリュと視線を会わせ、何事かを了解した。
「なぁ、おばちゃん」
「なんだい」
カルの問いかけに即座に反応する。よほど焦っているようだ。まぁ無理もないが。
「とりあえず、飯作ってくんない?」
「はぁ?」
間の抜けた声がルビアナの口から漏れた。
「俺達、原因探してみるから」
「原因って」
「わかんねぇよ。わかんないから今からちょっと外見てくるよ」
「な、なんとかなるのかい?」
期待の表情でカルに迫るルビアナに
「さぁね。でも、、まぁ見てくるから。おばちゃんは待ってる間に朝飯作る担当。頼んだぜ」
カルは背を向けた。ルビアナが何か言おうと口を開閉させる。しかし混乱した頭ではすぐには言葉が浮かばないようだ。
都合が良い。聞かれたとしても今の二人には何も答えられないことは明確だ。この件に直接関わりのない二人は彼女よりいくらかは落ち着いていた。
部屋を出たカルにサリュは続いた。
あぁ、違った。そもそもが必要とはされていなかったのか。
取り付く島もないほどにはっきりと断られてしまったことに少し拗ねた感情が心に芽生えるのを感じながら二人は先程上ってきた階段をパタンパタンと騒がしく降りていた。
「カル、もう少し足音抑えなよ」
「人のこと言えないだろ」
少し短くなったローソクが足元に弱々しい明かりを落としている。風のせいか下の方は消えてしまっているようだ。
「何がいけないんだよ」
カルがふと疑問を口にした。
「仕方ないよ。それほど困っていなかったってだけさ」
「そうかなぁ」
「いきなり仕事なんて、言われても困るよね」
いけると思ったんだけど。そう言ってサリュは残念そうに足音の間で軽く階段を蹴った。簡単に仕事が見つかっていた今までがおかしかったのかもしれない、そう思うと少し不安を覚えた。
「そんな顔すんなよ」
「、、、うん、明日探してみよう。これくらいの町ならきっと役所もあるよ」
「まぁ、そうなるな。とりあえず明日だ。何か疲れた」
宿はまだその窓から光を溢し、静けさに浸る通りにひとつの温もりを見出だしていた。
「おかえり。遅かったね」
カウンターに立つルビアナは出掛けるときと変わらずほくほくとした笑顔を向けた。元が整っているからだろう、丸い頬にも愛嬌がある。
「まだお休みにならないんですか」
「そうだねぇ。もう少し待ってみようかなってね。うちの旦那が帰ってこないんだよ」
「旦那さんが。それは心配ですね」
「あぁ、気にしないでおくれ。珍しいことでもないからさ」
彼女にもそれほど気にしている様子はない。仕事ついでらしく台帳に何か書き込んでいたようで手にはペンを握ったままだ。
「早くお休みなさい。あの子なんてもう半目じゃないか」
後方でバランスを失い揺れているカルを指差した。今にも閉じそうな瞼を懸命に上げている姿が危うい。
「そうします。お休みなさい」
「はい、お休み」
見送る丸いシルエットがあくびを噛み殺し目を擦るのが見えた。
部屋に戻るとそのまま廊下からの明かりの記憶を頼りにベッドへと飛び込んだ。何を思うでもなくただ体が重く、そのまま張り付くように横たわっているとカルが寝息をたて始めた。
静かな部屋。聞こえるのはカルの呼吸だけの静寂の中でサリュはどの様にして宿まで帰ってきたのかを考えていた。
サリュの意識と反対に夜は明けた。
ドンドンドンドン!
━━━━たたち? ちょっとあんたたち起きてるかい?」
騒がしいノックの音とルビアナの声が二人の朝を迎えた。
「サリュ、、なに、、?」
カルはまだ意識がはっきりしていないようで、寝ぼけ眼を擦りながら開けるよう促した。
重い体を引きずって扉を開くとルビアナは飛び込んできて目の前にいたサリュをわしっと抱き締めた。
「ふぇっ?」
「あぁ、良かった。起きてるんだね!」
「えっと、ルビアナさん、どうしました」
「どしたのおばちゃん」
目を丸くしているカルの方を見ながらサリュをぬいぐるみのように抱き締めたままで彼女は叫んだ。
「大変なんだよ、誰もいないの!」
「はぁ?」
「いないんだよ、町に誰も」
「はい?」
「だから、いないんだって言ってるんだよ」
「えっ?」
「何なんだい、もう!」
ルビアナの声が裏返った。訳がわからないという顔をして、同じく理解ができていないカルに必死に訴えている。
「る、ルビアナさん落ち着いて。とりあえず離していただけますか」
「ん?」
やっと目が合ったルビアナは思い出したように体を離した。
「あっ、あぁ、ごめんよ」
サリュがまだ覚束無い意識にふらつきながら一歩後ろに下がると、入り口にいたルビアナが深い溜め息をひとつ吐いて中へと入り扉を閉めた。
「失礼するよ」
「もう結構失礼してるよ」
「そうかい、悪いね」
少し落ち着きを取り戻したのかカルの皮肉にも軽快に答え、近くにあったサリュのベッドに腰かける。
「いやぁ、よかったよ。あんたたちがいて」
「何があったんだよ」
「それがね、あたしにも訳がわからないんだよ」
「わからない?」
「町に人がいないんだよ」
外を見てごらん。と隣に立つサリュを促すので窓から外の様子を見てみる。確かに通りにはひとの気配がない。
「本当だ。いない」
「そんなの朝だからじゃないのかよ」
「何言ってるんだい。もう昼だよ」
「嘘だろ?」
ルビアナの言うとおり既に太陽は高く上り、昨日の人通りと比べると誰もいないというのは明らかに不自然だった。
「皆はどこに?」
「それがわからないから困ってるんじゃないか」
「そっか。そうでしたね。、、リュールも?」
「それが、、ん? そうだよ! リュールが、リュールが大変なんだよ!」
その言葉にカルが飛び起きた。
「どうした?」
「私にももう、何がなんだか」
ルビアナはぶんぶんと首を振る。その手がシーツを握りしめて細かなシワを作った。
「何があったんですか」
「起きないんだよ」
「起きない?」
「今朝、いつまで経っても起きてこないから起こしに行ったんだよ。それ自体は別に珍しいことでもなんでもないんだけど、いくら起こしても起きないんだ」
ルビアナの眉間にシワが寄り、眉尻が下がる。その表情は動揺と不安とをありありと映し出す。ただ事ではない。
「何か症状のようなものは? 熱か何か」
「それが、、寝てるだけなんだよ」
「どういうこと?」
カルが立ち上がる。先程のことで目は完全に覚めたようだ。
「言葉のままさ。私も熱があるんじゃないかと思ったんだけどね。熱くないし、苦しげな素振りもないし。本当にわからなくなっちゃってね、誰か呼ぼうと思って外に出たけど、、」
そういうことか。そのとき町の異変にも気づいた。
「町に医者は?」
「いるにはいるんだけど閉まっててね。いくら呼んでも出てきてくれなかったよ」
医者のもとへ行く道中、彼女が見た限りは町にはひとりも人がいなかったという。
「それで僕たちのところに」
サリュの言葉に頷いたルビアナは
「宿泊客の安全は確かめるべきだと思ってね」
言い訳のように付け足した。
「本当に起きないのか?」
横たわるリュールはどう見てもやはり眠っているようにしか見えず、顔を近づけると寝息も聞こえた。
「死んでる訳じゃないしな」
「カルっ、何てこと言うんだよ」
「いや、生きてるって言いたかったんだよ」
珍しくサリュの口調が尖るのを聞いてカルは慌てた様子で言い直す。
何が起こっているのか確認しておこうと下へ降りてきたのだが、わかることはそれ以上はなかった。
「どうなってんだよ」
「ずっとこんなだよ。病気って訳でもなさそうだし、訳がわからなくて」
落ち着きなく狭い子供部屋で行ったり来たりを繰り返すルビアナを制止し、近くにあった小さな椅子に座らせる。
しばらく考えるようにカルはじっとリュールを眺めていた。そしてサリュと視線を会わせ、何事かを了解した。
「なぁ、おばちゃん」
「なんだい」
カルの問いかけに即座に反応する。よほど焦っているようだ。まぁ無理もないが。
「とりあえず、飯作ってくんない?」
「はぁ?」
間の抜けた声がルビアナの口から漏れた。
「俺達、原因探してみるから」
「原因って」
「わかんねぇよ。わかんないから今からちょっと外見てくるよ」
「な、なんとかなるのかい?」
期待の表情でカルに迫るルビアナに
「さぁね。でも、、まぁ見てくるから。おばちゃんは待ってる間に朝飯作る担当。頼んだぜ」
カルは背を向けた。ルビアナが何か言おうと口を開閉させる。しかし混乱した頭ではすぐには言葉が浮かばないようだ。
都合が良い。聞かれたとしても今の二人には何も答えられないことは明確だ。この件に直接関わりのない二人は彼女よりいくらかは落ち着いていた。
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