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幼馴染という呪い
1.
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あと二日。
フェンガリは自分に言い聞かせる。
あと二日乗り切れば任務は終了して帰還の途につける。それまでの辛抱だ。
神殿の開封の儀は、出立前に今や大聖女となったフェンガリの母を始めとした大神官達により、今日より二日後の正午、この地への女神様の神力の巡りが最適な日を選んで取り行う事になっている。
今回のフェンガリにとって最重要任務でもある。愛し子であるフェンガリが、自ら陣を敷き祈りを込めて女神の寿ぎを招く。同時刻王都の大神殿でも祈りが始まる。それに寄って閉ざされていた非常時用の転位門が再び繋げられ、無事に神官長が着任して、新命の儀式は終了となる。
閉鎖されてそれなりの期間になるので、本当なら埃くらい払っておきたい。浄化魔法をかけるにしても気持ちの問題である。神殿はどこもフェンガリには大切な場所だ。新命の儀が終わっても帰還までの間は手伝うつもりでいたけれど、でも今は可能ならば直ぐにでも帰還したい。
無理なのは理解している。仕事だと割り切るべきだとも。だからとにかく備品の確認なんかの雑用はとっとと終わらせてしまい、明日は昼からの儀式に先駆けて朝から神殿の御清めと什器の整理をしてしまってから、改めて新命の儀に備えたいと思っている。
それなのに、またここからも海獣の鳴き声がする。
フェンガリはがっくりと肩を落とした。
ここまでくるともはやフェンガリにとっても日常である。
盛ってないで働けよ本物の海狗かな? とのムカつきよりも、この人達こんなんでこれからどうするのかと先行きが心配になってくる。
この砦は来るべき厄災(スタンビート)に向けて間もなく最前線の備えに入る。こんな定常任務で発情してしまうような、ささやかな魔力容量の人たちは、きっともっと辺鄙な所へ異動になるだろう。いま思い浮かぶのは北の最果てか南の孤島である。どちらも、流刑の地を兼ねる過酷な場所で、生息する魔物の凶暴さも桁違いなのだ。
ぬるま湯のようなこの砦で呑気に盛っていた海狗さん達、耐えられるのかな。
一周回って彼等の心配までしてしまうフェンガリである。
それはそれとして、とっとと仕事は終わらせたい。
めんどくさいのを堪えて、フェンガリの扉にかけようとした手は予想に反して空を切った。
「やっ……」
支えを失って身体が倒れるのを覚悟する。咄嗟に目を閉じて身構えていたフェンガリの肩は、なぜかそれ以上は傾かずに、ぽふんと床とも壁とも違う、柔らかい何かに受け止められていた。
うわ、変な声でたーと内心で焦りながら身を起こすと、しがみついていた温かい壁が人の身体で、さらに見知った碧眼をもつ美丈夫が何故か真っ赤な顔をして、フェンガリの肩を抱いていた。
「…… なんつぅ…… 」可愛い声をと呟いて額を抑えたセオドアが天を仰いでいるが、想定外の再接近に頭に血が上っている状態のフェンガリには、聞こえていない。
あわあわと振り回した手の、書類箋の束がバラけて、バサバサと床に散らばってしまった。
慌てて拾おうとしたフェンガリの手を、セオドアが押しとどめる。
訝しげに見上げれば、セオドアの常にはきっちり上まで止められている制服は、大きく胸元まで開けられ、通常装備するマントも身につけていない。
着崩されたそれに合わせるように乱れた前髪が一筋額に落ちている様が、普段は正統派の貴公子然としたセオドアに、手練れの色悪のような艶を乗せていた。
その色気に当てられたように、ごくりと喉を鳴らしたフェンガリは、気圧されるように後退さると、その身を追いかけるごとくに伸ばされたセオドアの黒い袖から、ふわっと汗に混じった栗の花の匂いが立ち、フェンガリの鼻先を掠めた。
その瞬間、フェンガリは自分の頭から、ざあっ! と音を立てて血の気が引くのが分かった。
フェンガリは自分に言い聞かせる。
あと二日乗り切れば任務は終了して帰還の途につける。それまでの辛抱だ。
神殿の開封の儀は、出立前に今や大聖女となったフェンガリの母を始めとした大神官達により、今日より二日後の正午、この地への女神様の神力の巡りが最適な日を選んで取り行う事になっている。
今回のフェンガリにとって最重要任務でもある。愛し子であるフェンガリが、自ら陣を敷き祈りを込めて女神の寿ぎを招く。同時刻王都の大神殿でも祈りが始まる。それに寄って閉ざされていた非常時用の転位門が再び繋げられ、無事に神官長が着任して、新命の儀式は終了となる。
閉鎖されてそれなりの期間になるので、本当なら埃くらい払っておきたい。浄化魔法をかけるにしても気持ちの問題である。神殿はどこもフェンガリには大切な場所だ。新命の儀が終わっても帰還までの間は手伝うつもりでいたけれど、でも今は可能ならば直ぐにでも帰還したい。
無理なのは理解している。仕事だと割り切るべきだとも。だからとにかく備品の確認なんかの雑用はとっとと終わらせてしまい、明日は昼からの儀式に先駆けて朝から神殿の御清めと什器の整理をしてしまってから、改めて新命の儀に備えたいと思っている。
それなのに、またここからも海獣の鳴き声がする。
フェンガリはがっくりと肩を落とした。
ここまでくるともはやフェンガリにとっても日常である。
盛ってないで働けよ本物の海狗かな? とのムカつきよりも、この人達こんなんでこれからどうするのかと先行きが心配になってくる。
この砦は来るべき厄災(スタンビート)に向けて間もなく最前線の備えに入る。こんな定常任務で発情してしまうような、ささやかな魔力容量の人たちは、きっともっと辺鄙な所へ異動になるだろう。いま思い浮かぶのは北の最果てか南の孤島である。どちらも、流刑の地を兼ねる過酷な場所で、生息する魔物の凶暴さも桁違いなのだ。
ぬるま湯のようなこの砦で呑気に盛っていた海狗さん達、耐えられるのかな。
一周回って彼等の心配までしてしまうフェンガリである。
それはそれとして、とっとと仕事は終わらせたい。
めんどくさいのを堪えて、フェンガリの扉にかけようとした手は予想に反して空を切った。
「やっ……」
支えを失って身体が倒れるのを覚悟する。咄嗟に目を閉じて身構えていたフェンガリの肩は、なぜかそれ以上は傾かずに、ぽふんと床とも壁とも違う、柔らかい何かに受け止められていた。
うわ、変な声でたーと内心で焦りながら身を起こすと、しがみついていた温かい壁が人の身体で、さらに見知った碧眼をもつ美丈夫が何故か真っ赤な顔をして、フェンガリの肩を抱いていた。
「…… なんつぅ…… 」可愛い声をと呟いて額を抑えたセオドアが天を仰いでいるが、想定外の再接近に頭に血が上っている状態のフェンガリには、聞こえていない。
あわあわと振り回した手の、書類箋の束がバラけて、バサバサと床に散らばってしまった。
慌てて拾おうとしたフェンガリの手を、セオドアが押しとどめる。
訝しげに見上げれば、セオドアの常にはきっちり上まで止められている制服は、大きく胸元まで開けられ、通常装備するマントも身につけていない。
着崩されたそれに合わせるように乱れた前髪が一筋額に落ちている様が、普段は正統派の貴公子然としたセオドアに、手練れの色悪のような艶を乗せていた。
その色気に当てられたように、ごくりと喉を鳴らしたフェンガリは、気圧されるように後退さると、その身を追いかけるごとくに伸ばされたセオドアの黒い袖から、ふわっと汗に混じった栗の花の匂いが立ち、フェンガリの鼻先を掠めた。
その瞬間、フェンガリは自分の頭から、ざあっ! と音を立てて血の気が引くのが分かった。
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