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想い出という名の美しい呪い
2.
しおりを挟むこの砦の尋常でない風紀の乱れに心当たりがある顔だった。
そうだ、セオドアも魔法士なら、性処理なんか至極当然の事なのだ。
そんな現実に気づいたフェンガリの胃の奥が、ぐっと石を飲んだように重くなった。
「これ、改良途中の試作品ですけど、たくさんあるから」
―― 良かったら使って下さい。
フェンガリは、懐から小分けにした魔光石を入れた小袋を取り出すと、顔の前に掲げる。震えそうなにる指先は気合いで抑え込んだ。
「いいのか? 助かる。」
そう破顔したセオドアに、思わず見惚れる。
慌てて視線を外して、嬉しそうに差し出す手の平に小袋をそっと乗せた。
「こんなに! 有難い、恩にきるよ」
仲間に分けても良いだろうか、ときらきらとした瞳で問いかけられる。
かまわないよ、と答えてやれば、また、ありがとうと破顔して、魔光石をしまうとローブの上から大切そうにに撫でている。
そんなに喜んで貰えると嬉しいしと、弾みそうな心に水を指すように、セオドアの手の平が滑るたびに、そのローブからも、もう飽きるほど嗅がされた栗の花の匂いが漂ってきた。
―― え。
ふわふわと浮き立っていた気持ちは、唐突に着地する。
吐き気が喉を焼く。
女神様からの警告だったかな。
―― これだから魔法士って奴は。
悪い夢から覚めたように、体が急に重くなったようだ。
彼は自分から魔法士だと名乗ったじゃ無いか。
規定さえ満たせば任務後の性処理は、建前だけでなく魔法士という特殊な魔力器官を持つ彼らには必要な事でもある。
特に魔力量の多い従兄弟なら、支給品と自然回復に任せるより効率的なはずだろう。
だから、必然ではないが必要ではあるその行為を、セオドアもまたしているというだけだ。
すん、と真顔にもどったフェンガリは、確かめるように頭に手をやると、姉のカロッタを被り直した。
上官からの誘いを断っていたから、少し勘違いしてしまっただけだ。
そして勝手に裏切られたような気持ちになっている。それでも、わかってても少し哀しい。
―― 魔法士なんて。
やっぱりフェンガリのそばには必要無い。
思い出は美しい。
美しいからこそ、そのままそっとして置いたほうが良いんだろう。
なんか色々思い出してしまったけど、あの頃の従兄弟は成長期がまだだったのか、体も小柄で鈍臭かったな。
ちょっと美化し過ぎてた、正気になると秘蔵の珍しい蝉の抜け殻、怯えたこいつに振り払われて、踏み潰された記憶まで蘇ってきたよ。
虫苦手なくせに後ついてきて、涙目で背中に張り付いてたっけ。
残念な記憶で正気になったフェンガリは、それじゃと手を上げて踵を返す。
姉上はこれを教えたかったのかもしれん。
現実なんて綺麗なばかりじゃ無いって知ってたのに俺もまだまだだ、お手数かけます女神様、と頸に手をやり感謝の祈りを捧げつつも、足早に去っていく、そのフェンガリの背中に「また話そう」と、屈託なく声をかけてくるセオドアが、心底恨めしかった。
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