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想い出という名の美しい呪い

1.

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 石造りの狭い通路で、おりからの西日を受けて、フェンガリを見下ろす金の髪は、まるで光背のように彼の顔を彩っていた。

 そうだった、彼の瞳は朝露を受けた若葉のようなのだ。

 光を湛えた湖面のように、ちらちらと虹彩が光る澄んだ碧眼だ。覗き込む角度で色を変える、水面に映る影を探すように、彼の顎を押さえながら覗き込むのが好きだった。

 知っていた、知っている。

 秀でた額から通った鼻筋の下には薄い唇。
 少し酷薄そうに見えるそれは、小さく緩むと途端にあどけなくなる事も、フェンガリはよく知っていた。そうだ知っていた事を、小さな眩暈とともに思い出す。

 おぼろげだった記憶の輪郭が、ゆっくりと焦点を結び出している。ちりちりと湯が湧くかのごとく、身の内が熱い。

「突然すまない。先程は助かった」

―― ありがとう。

 思い描いたままに、彼の唇が綻ぶ。
 フェンガリの胸が歓喜に甘く騒いでいる。
 それと同時に喉に上がってくる胃酸を飲み込みながらも、フェンガリはただ彼に見惚れていた。

 その間も、薊の花は絶え間なくその嫋やかな頸に咲いて、愛子に女神の権能を惜しげもなくふるまい続けている。

「その、俺はセオドア、セオドア・アンガーミュラーという。魔法士をやっている、って、まあ、見ればわかるか」

 照れくさそうに頬をそめて、人差し指で鼻をこする君の癖、思い出せたよテディ。

 テディ。
 それは幼いセオドアの愛称だった。

 あの頃はフェンガリの方が発育が良くて、外遊びの好きなフェンガリを追いかけて、登った木から降りられなくなるのは、いつもセオドアの方だった。

 幼少期の記憶は、脳の保護機能とやらのおかげで虫食いだらけだ。
この、従兄弟との思い出も殆ど忘れてしまった。

 だからこそ、マグワイアの子だったフェンガリは、あの時一度死んだのだと思う。彼を前にして熱く騒ぐ胸は、もうとうに亡い、かつての子どもからの、形見みたいなものだ。

 胸に胃酸以外のものが込み上げてきて、苦しい。

 俯きそうになったフェンガリが、わざとツンと顎を逸らすと、少し困ったように見下ろす碧眼と目があった。

 認識阻害の術式は、しっかり機能しているようだ。

 セオドアの瞳にはフェンガリでない、何者かの姿に見えているのだろう。

 見知らぬ誰かを見る彼の眼差しに、チクリと胸の奥が疼いた。隠したいのに気づいてくれなくてさみしいとか。

 自己矛盾は個性として諦めているが、セオドアの事はどれだけ諦めたくなかったのか。無自覚の執着心が、腹の底で燃えるようだ。

 会わないと決めたくせに、それなのに、想定外の再会に鼓動は跳ね上がってゆく。

「急にすまない。この魔光石なんだが、支給品とは比べ物にならないな、これは君が……? あの、迷惑だったかな?  仕事の邪魔ばかりしてるよな、俺は……」

 黙ったまま見上げてくるフェンガリに、怒らせてしまったかと、セオドアが目を泳がせる。

 正体を隠したいなら、不用意に話さない方がいいに決まっているし、止まらない吐き気に回り続ける薊の神威は、フェンガリの体がマグワイアの血を拒み続けている証だし。


 でも、今はそれより、ただもう少しだけ君を見ていたいんだ。


「俺は、ちょっと魔力が多くて、支給品だと一つじゃ足りないんだが、君に貰ったこれ、凄いな」

―― すっかり満たされたのに、まだ余ってる。

 そう言って嬉しそうに笑うその顔を、とてもよく知っていた。

 光背の如く日を浴びて煌めく金の髪は、マグワイアの濃い血の証だ。

 優秀な魔法士のその裔の証。

 だから今もフェンガリの喉は灼かれ続けている。フェンガリの人生に魔法士なんて必要ないのだから。

 ぽろりと、こぼれた涙は、一度溢れ出すと堰を切ったように、フェンガリのまろい頬をすべり落ちる。

「えっ?! そんなに嫌だったのか?? 」

 困ったなと、呟きながら何度も両腕を出しては引っ込める仕草を繰り返すセオドアに、昂っていた心が少しづつ落ち着いてくる。

「いや、すまない。その、なんか、疲れてて、はは」

 やってもやっても終わらなくてねと、眼鏡の縁から指を入れて涙の雫を払ったフェンガリが、ため息とともに告げれば、

「それは、何というか、やっぱり申し訳ないかな……」

 安心しながら困る、という器用なことをやってのけたセオドアが眉を下げた。

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