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苦さだけが心に残る
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抜かれてからも、まだお腹の中に何か残っているような感じがする。
身体を動かすのが酷く億劫で、何も出来ずに横になっている間に結人が簡単に身体を拭いてくれた。
終わったならこれ以上触ったりしないで欲しいと、そんなことを口にする元気もない。どこを見ていればいいかも分からず、ただぼんやりと室内の時計を見つめた。
こんなに色々した気がするのに、まだ夜にもなっていないんだ。
「水でいい?」
「え……」
そう聞き返した声は少しだけ掠れていて、結人の問い掛けに頷くことで返事をした。
手渡されたコップ一杯の水が渇いた喉に沁みる。飲み終わると同時にコップは回収され、卓上にそれを置いた結人が私の方に視線を向けた。
「話したいんだけど、もう大丈夫?」
大丈夫かと聞かれても、どう答えていいのか分からない。
声は出るし、このまま座って話を聞くくらいは出来るだろう。でも早く結人から逃げたい気持ちが強くて、感情だけで答えていいなら全然大丈夫な状態じゃない。
「……帰る」
「まだ帰せない。何か誤解させてたみたいだから、ちゃんと擦り合わせしよう?」
声だけは優しいのに、それ以外からは全然優しさを感じられない。
せめて先に服だけでも着たいと伝えると、その時間だけは一応待ってくれた。
床に落ちた服を拾い上げて袖を通す間、お互い一言も発することはなく、布の擦れる音だけが聞こえる。
私が服を着たところで、やはり直ぐに帰してくれる気は無いらしい。改めて視線を合わせてから、結人がゆっくりと口を開いた。
「婚約者って結婚する約束した相手のことなんだけど、それは知ってる?」
「……知ってる」
「そう、良かった。大学卒業したら俺は婚約者と結婚するって話になってて、それって和音のことなんだけど自覚なかった?」
そんなの、結人がいつからそういうつもりだったのかと私の方が聞きたい。
大学を卒業したらとか、そういう話があった事はちゃんと知っている。だけどそれが現実になるなんて事、私はずっと思っていなかった。
「……それまでに、どうにかしてくれるんだと思ってて」
「どうにかって何? 学生結婚でもする?」
「ちがっ、わ、私はしない……。そうじゃなくて、それまでに色々と話を通しておいて、いい感じで婚約者辞められるようにするんだろうなって、ずっと……」
「ずっと、何?」
そこまで言ったところで、冷たい声で続きを促されて言葉が止まる。
ゆっくりと伸ばされた手が私の口元に触れ、形をなぞるようにして軽く唇を潰した。
「今までずっと、どういうつもりで俺といたの?」
静かに落とされた声が、直接心臓に触れた気がする。
酷いことをされたのは私のはずなのに、どうして結人の方がこんな顔をするんだろう。
「……結人が困ってるなら、縁談とか断れるように協力するつもりで、だから……」
「はは、最初から結婚する気なかったってこと? なんだ、途中で嫌われたわけじゃないんだ?」
「途中……?」
「キスしてから明からさまに避け始めるから、本当は嫌だったのかなとか俺も色々考えたよ。和音が嫌じゃないって言ってくれたから、少し抵抗あるだけならゆっくり慣れてくれればいいやって思ってたけど……」
一度言葉を止めた結人の口元から、すっと笑みが消える。
今までも無理に口角を上げているような笑い方ではあったけれど、無表情で見下ろされるよりはずっと良かった。
こんなに冷たい表情を向けられたこと、今まで一度だってない。
「和音は付き合ってもない相手にベタベタ触られて平気だった?」
「……っ、そういうわけじゃ……」
「まあいいや。これも回数こなせば慣れると思うし、またするよ。今日の一回で終わりじゃないから」
「は……」
信じられない事を言われて気がして、思わず漏れた声は震えていた。
距離を取るように身を引こうとするが、腰に手を回されて逆に距離を詰められてしまう。
「そういう顔するのやめてくれる? 別にいいだろ。結婚するんだから」
「……しない」
「するから、絶対。婚約破棄したいとか誰にも言うなよ。和音が今更何言っても無理なんだから、本気にされて誰かの耳に拗れた話が入ったら面倒」
「も、もうしない。こういうのするなら婚約やめる」
「……だからさ、馬鹿なこと考えるなって言ってるの。変なこと周りに風聴したり俺のこと避けるなら次は中で出す。生でされたくなかったら逃げるな」
「は……」
「あー……違う。脅したいわけじゃなくて、でも俺だって今更譲れない。どう言えばいいのかな……」
どういう言い方をされても、早くこんな関係やめたいという気持ちが変わるとは思えない。今日みたいな事を何回もされたら、本当に心が壊れてしまう。
「和音は今までに誰か好きになった事ある?」
単純な好き嫌いの話ではなく、恋愛的な事を指しているのであろうと雰囲気で分かった。
そういう類の「好き」は、多分ない。
婚約者という肩書きがあったから遠慮していたとかではなく、結人以上に魅力的だと思える人がいなかったからというのが大きい。
幼い頃から一番近くにいた異性が結人だったから、心のどこかで比べてしまっていたのだろう。結人と比べて子供っぽいなと感じてしまう事も多かったし、そもそも結人以外の男子と話す機会もそうそうなかった。
だからといって、結人とそういう関係になりたいとも思っていない。下心がないと安心してもらえる存在でいたかったし、ずっと仲良く付き合っていける関係でいたかった。
簡単に壊れる可能性がある関係になりたくなかったのだと、今更になって自覚する。
「和音?」
「……好きな人できたこと、今まで一回もないと思う」
「ああ、そうなんだ。じゃあ俺のこと好きになれる?」
どこかで何か違っていたら、もしかしたらそうなっていたのかもしれない。変に意識しそうで心がソワソワしたのは、その前兆だった気もする。
だけど今は、もうそんな気持ちにはなれない。変わりかけた気持ちがどういう感情なのか分からないままこんなことになって、心臓ごと踏み潰されたような気がした。
好きな人が相手だったら、セックスは嬉しいと思える行為なのだろうか。これが嬉しいだなんて、今の私には一生思える気がしない。
「……なれないと、思う」
「あー……うん、分かった。じゃあもう脅しだって受け取られてもいいや」
「え……」
「今更和音以外と結婚とか本気で考えたくないし、俺から離れる気ならもっと酷い事するよ」
「ひ、どいことって、ほんとに中で出すとかそういう……?」
「ああ、和音にとって酷いことってソレなんだ? ちゃんと気持ち良さそうにしてくれたのに、俺とするのそんなに嫌?」
私が最中に言っていたことは、本当に聞こえていなかったんだろうか。
身体がどう反応したって、私の気持ちは全然違うところにあったのに。
「……い、嫌だった。やめてって何回も言ったのに全然だめで、怖くて……」
思い出すとぐっと喉が詰まる。
泣きそうになりながらどうにか言葉を紡ぐと、私の話を遮るようにして結人が小さく溜息を落とした。
「和音が俺から離れようとしなければしない。……それでいい?」
全然いいとは思えなかったけれど、嫌がったところできっと話は終わらない。
とにかく早く帰りたい一心で「分かった」と返事をして、その日はそのまま結人に家まで送ってもらった。
こんな風になった事を、誰に相談すればいいのかも分からない。
詳細は隠したまま、帰宅した父親に「結人と婚約破棄したいって言ったらどう思う?」と聞いてみたけれど、「もしかして喧嘩でもしたか?」と言われてしまい、それ以上詳しくは話せなかった。
驚いたというより、少し困った表情が混じっていたから、私が本当に婚約を辞める気でいたら何かマズイ事があるのだろう。
これまで一度も金銭的に困った事はないけれど、父親一人で私と弟を育ててくれているのだ。私と弟の生活費や学費はこれからまだまだ掛かるだろうし、櫻川の家と変に揉めるのを避けたいと思うのは当然だ。
子供の頃は何も分からなかったけど、この歳になると色々と察してしまう。
私だけの問題じゃないんだなって思ったら、それ以上深くは話せなかった。
身体を動かすのが酷く億劫で、何も出来ずに横になっている間に結人が簡単に身体を拭いてくれた。
終わったならこれ以上触ったりしないで欲しいと、そんなことを口にする元気もない。どこを見ていればいいかも分からず、ただぼんやりと室内の時計を見つめた。
こんなに色々した気がするのに、まだ夜にもなっていないんだ。
「水でいい?」
「え……」
そう聞き返した声は少しだけ掠れていて、結人の問い掛けに頷くことで返事をした。
手渡されたコップ一杯の水が渇いた喉に沁みる。飲み終わると同時にコップは回収され、卓上にそれを置いた結人が私の方に視線を向けた。
「話したいんだけど、もう大丈夫?」
大丈夫かと聞かれても、どう答えていいのか分からない。
声は出るし、このまま座って話を聞くくらいは出来るだろう。でも早く結人から逃げたい気持ちが強くて、感情だけで答えていいなら全然大丈夫な状態じゃない。
「……帰る」
「まだ帰せない。何か誤解させてたみたいだから、ちゃんと擦り合わせしよう?」
声だけは優しいのに、それ以外からは全然優しさを感じられない。
せめて先に服だけでも着たいと伝えると、その時間だけは一応待ってくれた。
床に落ちた服を拾い上げて袖を通す間、お互い一言も発することはなく、布の擦れる音だけが聞こえる。
私が服を着たところで、やはり直ぐに帰してくれる気は無いらしい。改めて視線を合わせてから、結人がゆっくりと口を開いた。
「婚約者って結婚する約束した相手のことなんだけど、それは知ってる?」
「……知ってる」
「そう、良かった。大学卒業したら俺は婚約者と結婚するって話になってて、それって和音のことなんだけど自覚なかった?」
そんなの、結人がいつからそういうつもりだったのかと私の方が聞きたい。
大学を卒業したらとか、そういう話があった事はちゃんと知っている。だけどそれが現実になるなんて事、私はずっと思っていなかった。
「……それまでに、どうにかしてくれるんだと思ってて」
「どうにかって何? 学生結婚でもする?」
「ちがっ、わ、私はしない……。そうじゃなくて、それまでに色々と話を通しておいて、いい感じで婚約者辞められるようにするんだろうなって、ずっと……」
「ずっと、何?」
そこまで言ったところで、冷たい声で続きを促されて言葉が止まる。
ゆっくりと伸ばされた手が私の口元に触れ、形をなぞるようにして軽く唇を潰した。
「今までずっと、どういうつもりで俺といたの?」
静かに落とされた声が、直接心臓に触れた気がする。
酷いことをされたのは私のはずなのに、どうして結人の方がこんな顔をするんだろう。
「……結人が困ってるなら、縁談とか断れるように協力するつもりで、だから……」
「はは、最初から結婚する気なかったってこと? なんだ、途中で嫌われたわけじゃないんだ?」
「途中……?」
「キスしてから明からさまに避け始めるから、本当は嫌だったのかなとか俺も色々考えたよ。和音が嫌じゃないって言ってくれたから、少し抵抗あるだけならゆっくり慣れてくれればいいやって思ってたけど……」
一度言葉を止めた結人の口元から、すっと笑みが消える。
今までも無理に口角を上げているような笑い方ではあったけれど、無表情で見下ろされるよりはずっと良かった。
こんなに冷たい表情を向けられたこと、今まで一度だってない。
「和音は付き合ってもない相手にベタベタ触られて平気だった?」
「……っ、そういうわけじゃ……」
「まあいいや。これも回数こなせば慣れると思うし、またするよ。今日の一回で終わりじゃないから」
「は……」
信じられない事を言われて気がして、思わず漏れた声は震えていた。
距離を取るように身を引こうとするが、腰に手を回されて逆に距離を詰められてしまう。
「そういう顔するのやめてくれる? 別にいいだろ。結婚するんだから」
「……しない」
「するから、絶対。婚約破棄したいとか誰にも言うなよ。和音が今更何言っても無理なんだから、本気にされて誰かの耳に拗れた話が入ったら面倒」
「も、もうしない。こういうのするなら婚約やめる」
「……だからさ、馬鹿なこと考えるなって言ってるの。変なこと周りに風聴したり俺のこと避けるなら次は中で出す。生でされたくなかったら逃げるな」
「は……」
「あー……違う。脅したいわけじゃなくて、でも俺だって今更譲れない。どう言えばいいのかな……」
どういう言い方をされても、早くこんな関係やめたいという気持ちが変わるとは思えない。今日みたいな事を何回もされたら、本当に心が壊れてしまう。
「和音は今までに誰か好きになった事ある?」
単純な好き嫌いの話ではなく、恋愛的な事を指しているのであろうと雰囲気で分かった。
そういう類の「好き」は、多分ない。
婚約者という肩書きがあったから遠慮していたとかではなく、結人以上に魅力的だと思える人がいなかったからというのが大きい。
幼い頃から一番近くにいた異性が結人だったから、心のどこかで比べてしまっていたのだろう。結人と比べて子供っぽいなと感じてしまう事も多かったし、そもそも結人以外の男子と話す機会もそうそうなかった。
だからといって、結人とそういう関係になりたいとも思っていない。下心がないと安心してもらえる存在でいたかったし、ずっと仲良く付き合っていける関係でいたかった。
簡単に壊れる可能性がある関係になりたくなかったのだと、今更になって自覚する。
「和音?」
「……好きな人できたこと、今まで一回もないと思う」
「ああ、そうなんだ。じゃあ俺のこと好きになれる?」
どこかで何か違っていたら、もしかしたらそうなっていたのかもしれない。変に意識しそうで心がソワソワしたのは、その前兆だった気もする。
だけど今は、もうそんな気持ちにはなれない。変わりかけた気持ちがどういう感情なのか分からないままこんなことになって、心臓ごと踏み潰されたような気がした。
好きな人が相手だったら、セックスは嬉しいと思える行為なのだろうか。これが嬉しいだなんて、今の私には一生思える気がしない。
「……なれないと、思う」
「あー……うん、分かった。じゃあもう脅しだって受け取られてもいいや」
「え……」
「今更和音以外と結婚とか本気で考えたくないし、俺から離れる気ならもっと酷い事するよ」
「ひ、どいことって、ほんとに中で出すとかそういう……?」
「ああ、和音にとって酷いことってソレなんだ? ちゃんと気持ち良さそうにしてくれたのに、俺とするのそんなに嫌?」
私が最中に言っていたことは、本当に聞こえていなかったんだろうか。
身体がどう反応したって、私の気持ちは全然違うところにあったのに。
「……い、嫌だった。やめてって何回も言ったのに全然だめで、怖くて……」
思い出すとぐっと喉が詰まる。
泣きそうになりながらどうにか言葉を紡ぐと、私の話を遮るようにして結人が小さく溜息を落とした。
「和音が俺から離れようとしなければしない。……それでいい?」
全然いいとは思えなかったけれど、嫌がったところできっと話は終わらない。
とにかく早く帰りたい一心で「分かった」と返事をして、その日はそのまま結人に家まで送ってもらった。
こんな風になった事を、誰に相談すればいいのかも分からない。
詳細は隠したまま、帰宅した父親に「結人と婚約破棄したいって言ったらどう思う?」と聞いてみたけれど、「もしかして喧嘩でもしたか?」と言われてしまい、それ以上詳しくは話せなかった。
驚いたというより、少し困った表情が混じっていたから、私が本当に婚約を辞める気でいたら何かマズイ事があるのだろう。
これまで一度も金銭的に困った事はないけれど、父親一人で私と弟を育ててくれているのだ。私と弟の生活費や学費はこれからまだまだ掛かるだろうし、櫻川の家と変に揉めるのを避けたいと思うのは当然だ。
子供の頃は何も分からなかったけど、この歳になると色々と察してしまう。
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