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冬①

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◇ ◇ ◇

 秋晴れの空の下で結婚式をおこなった日から、早いものでもう二ヶ月が経った。
 クリスマス、年末年始、バレンタインというイベントのラッシュが目前に迫り、寒い季節となったというのに、街の中は賑やかに飾られている。
 洋菓子業界ほど極端な忙しさではないが、和菓子業界もこの時期は緩やかな繁忙期が続いている。
 しかし、恭弥くんは多忙を言い訳にすることもなく、特別な予定がない日はしっかりとこのマンションに帰ってきてくれていた。
 あの日、二日連続で恭弥くんに抱かれた日を最後に、今日まで一度もそういう行為はしていない。
 セックスはもちろん、口を触れさせるだけのキスすることも、あの夜以来は一度もなかった。
 もともとキスはセックスの前戯としてされていたものだし、しない方が自然と言えばそうなのだろう。いってらっしゃいやおやすみなさいのキスをするような甘い関係でもないし、しなくても特に問題はない。
 だからと言って何一つ触れ合いがないというわけでもなく、同じベッドで一緒に眠る生活は変わらずにずっと続いている。
 寝惚けた恭弥くんに抱きつかれた状態で朝を迎えることも多いし、私から恭弥くんに身体を寄せている日だってある。
 毎日同じベッドで寝ているのだから、さすがに少しは慣れたし、接触を恥ずかしがるような間柄でもなくなった。もちろん、私の方はまだドキドキする時もあるけれど、そこから先の行為に進むことがないだけで比較的心穏やかに過ごせる。
 ちょうどよい距離感というものが掴めてきたし、生活リズムも定まってきた。多少はぎこちないところがあるかもしれないが、新しい生活にも随分と慣れたように思う。
 特に迷惑をかけることもなく、私は恭弥くんの奥さんらしく、毎日しっかりと家事をこなせているはずだ。
 しかし、これは全部ただの自己評価である。
 恭弥くんに不便な思いをさせない程度には頑張れていると思うけれど、実際のところどう思われているのかはよく分からない。加賀庵の利益になるようなことは何もできていないだろうし、私が任されているのは恭弥くんの生活のサポートだけなのだ。妻として求められる役割を、私はどのくらい果たせているのだろう。
 跡取りを望むような話も、まだ加賀家の中でされていないのだろうか。恭弥くんは何も言ってくれないし、この二ヶ月の自分の評価がどうしても気になってしまう。
 学生の頃はあんなに足繁く通っていたのに、結婚した今となっては本邸に行くことはほとんどない。
 私が出入りすることに恭弥くんがいい顔をしないと分かっているからこそ、いまだに認められていないようで不安になってしまう。

 恭弥くんは若くして加賀庵を継いだ、十六代目の現社長だ。
 先代である恭弥くんのお父様は現在、取締役会長という形で会社の相談役になっている。
 今はまだ、経営の実権を握っているのはご両親の方なのだろう。しかし、お義父様の業務のほとんどは、もう既に恭弥くんが引き継いでいるようだった。
 きっとそう遠くないうちに、加賀家の実権を握るのは恭弥くんの方になる。
 恭弥くんが親の決めた婚約者を捨てるタイミングが来るとしたら、その時になるのだろうか。
 子供を作りたがらないこと。
 予定よりも早く家業を継いだこと。
 そして、私を本邸に入れたがらないこと。
 いろいろなことの理由がそこに集約されている気がして、考えると気が重くなった。
 いつまで続くのか分からない仮初の結婚生活は、毎日が上手にお嫁さんを演じるオーディションみたいだ。十年間習ったことが活きているのか、今のところ大きな失敗はしていないけれど、どこまでなら恭弥くんは私を許してくれるのだろう。

 いつも通りの家事を終え、食事の支度を終わらせた数十分後に恭弥くんが帰宅した。今日もちょうどいい時間に食事の用意ができたことに安心しつつ、いつも通りに玄関まで恭弥くんを出迎えにいく。

「おかえりなさい」
「ただいま。いい匂いするね」
「うん、ご飯できたばっかりだから、お腹空いてるなら今日もすぐに食べられるよ。もう用意して大丈夫?」
「うん、お腹空いてる。ありがとう」

 最初の数日は「そこまで気を張らなくていいよ」と恭弥くんに言われていたけれど、もうすっかり言われなくなった。

「分かった。じゃあ用意してくるね」

 返事をしてから先にリビングに入り、一度外したエプロンをもう一度着け直す。
 キッチンに戻った私は料理を軽く温めなおし、恭弥くんが着替えている間に食事の準備を進めていく。
 昨日はお肉料理だったから、今日のメインはカレイの粕漬け焼きにした。
 付け合わせとメインのお魚を乗せた長皿を盆の真ん中に置き、副菜を盛った小鉢をその隣に並べていく。
 味噌汁とご飯をよそって、お茶を用意したら完成だ。今日は手早く全てを終えることができ、間に合ったことにほっと胸を撫で下ろす。
 この準備に時間をかけると、家着に着替えた恭弥くんが手伝いに来てしまうのだ。
 仕事から帰ってきたばかりの恭弥くんにそんなことをさせるわけにはいかないから、本当に最後まで気が抜けない。
 できたものをテーブルに運び、恭弥くんと並んで食卓につく。
 いつも通りに食事を終えて片付けまで済ませると、そのあとは特に何かをするわけでもないのに、二人で並んでソファにいくのがお決まりの流れとなっていた。
 ただ話をしたり、テレビを見たり、少しだけお酒を飲んだり、食後のデザートを食べたりと、そんなことをする時間である。特にしなければいけない何かがあるわけではないけれど、この時間は毎日設けられている。
 恭弥くんの口から、仕事に関する話を直接聞かされたことはない。しかし、先代社長の業務内容は、花嫁修行の一環として私も少しは勉強している。
 恭弥くんがどんな仕事をしていてどのくらい忙しいのか、私でも多少は予測することができた。
 資金繰り、新商品の開発、広報、各店舗の人員配置など、経営に関わることすべての決定と最終確認は社長の業務である。そのすべてにしっかりと目を通すだけでも、相当な時間が必要であろう。
 それ以外にも恭弥くんは、定期的に全ての店舗へ視察に行っているし、時間を取って社員のケアを兼ねた面談も行なっているのだと、私は人伝てに聞いていた。
 会食や接待にも必要であればしっかりと顔を出し、家業を継ぐにはまだ早いのではないかと言っていた関係者も、今ではすっかり口を閉ざした。
 恭弥くんの忙しさを考えた時、自由に使える時間のほとんどを私と一緒に過ごしてくれている気がして、大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
 この二ヶ月、恭弥くんが家に帰ってこない日は本当にほとんどなかったのだ。
 たまに出張はあるけれど、それも月に二回程度で翌日には家に帰ってきてくれる。帰りが遅くなる日も月に数回だけで、会食や接待の回数を考えると、本当にそれ以外の時は真っ直ぐこの家に帰宅しているのだろうと分かった。
 私の勘違いなら構わないのだけれど、こんな生活をしていて、恭弥くんは彼女と会う時間を作れているのだろうか。
 デートするから今日は帰らないとか、今度の休みは彼女と過ごすとか、そういうことを言われる覚悟もしていたのだ。
 接待だと嘘をついて彼女と会っている可能性もあるけれど、一応私に気を遣ってくれているのか、恭弥くんの口から彼女の名前が出てきたことは今までに一度もない。
 私が無害で便利な存在であれば、恭弥くんは今後も離婚をしないでいてくれるつもりなのだろうか。
 こんな無神経なことを聞くわけにもいかず、一番深いところには触れられないままに、二人での時間を重ねていく。
 大きな問題は起こらず、それなりにうまく相手を尊重しながらいい距離感で生活ができているのだと、思い込まなければやってられない。
 表面上はそれなりに普通の夫婦を装えている。
 しかし、内心で何を思っているかなんて、二ヶ月一緒に過ごした今でも、お互い全く分からないのだ。
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