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出会い①
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◇ ◇ ◇
私が恭弥くんと初めて出会ったのは、小学四年生の夏休みだった。
お盆前の、八月一週の頭。夏休みに開催される小中学生向けのイベントがあるのだと母親に教えられ、私はそれに参加することになったのだ。
天候にも恵まれ、蝉が哭き叫ぶ午前中。集合場所まで私を車で送ってくれた母親は、世話係の大人に挨拶をしてそのまま自宅に帰っていった。
集合場所は大きな日本家屋で、参加者の年齢は小学四年生から中学二年生までバラバラであった。
バラバラといっても、参加者のほとんどは中学生だ。
男女合わせて二十名ほどの子供がいたが、その中に小学生は五人だけ。それも高学年の子ばかりで、私は参加者の中で唯一の小学四年生だった。
今となっては昔の話で、細かいことはよく覚えていない。
ただ、大きな日本家屋だと思っていたそこは加賀家の本邸で、そこに集められた子供達は、加賀庵取引先の令息と令嬢ばかりだったらしい。
表向きはお得意様へのサービス、且つ、加賀家の跡取りと関係会社の後継者候補達が仲良くなるためのイベント、といったところだろう。
しかし実のところ、加賀家跡取りの婚約者候補を選ぶという目的もあったらしい。これは、私もあとから知った話だ。
詳細を知らずに楽しく遊ぶイベントだと思って参加した私は、年上ばかりの中に放り込まれて少しだけ怖気付いていた。
私だけがそうだったのか、集まった他の子達も何も知らなかったのか、その辺りのことはよく分からない。
しかし少なくとも、そのイベントに参加していた加賀家の次男は、このイベントの目的を知っていたのだろう。
会場についた私を見た時、呆れたような口調で「びっくりした。こんな子供も来てるんだ」と冷めた目をして言い放った。
「え……」
婚約者候補云々のことなどまったく知らなかった私は、自分より年上の男の子から向けられた冷たい言葉がショックだった。
こんなことを言ってくるのは彼だけだと思いたかったが、周りの様子を見ているとだんだんと不安が募っていく。
広い和室にどんどん集まってくる参加者はほとんどが中学生で、自分よりもずっと大きな存在に見えた。
目の前で私に冷たい言葉を吐いた男の子も、背の高い中学生である。そんな中に私のような小学生が混じっていたら、思いっきり楽しめないと思われたのかもしれない。
年齢が違えば学力も違い、体力的な差だってある。
何をするのか詳しくは聞かされていなかったが、遊ぶつもりで来たのは間違いだったのだろうか。
もしチームに分かれて球技をしましょうなどと言われたら、私のいるチームは確実に不利になるだろう。
目の前の少年の吐いた冷たい言葉は、私の不安をさらに煽ったのだ。
「あ……あの、みんなで楽しく遊ぶだけって聞いてきたから……迷惑になるとか分かってなくて、私……」
そう言った私の声は、若干震えていたと思う。
冷たい視線を私に向けていた男の子は、一瞬驚いたように目を見開いた。
「え? ああ、なんだ。ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃないから、普通に楽しんでいきなよ。遊びに来ただけって認識の子がいると思ってなかったから」
「あ、でも……私が楽しんで、他の人もちゃんと楽しめるのかな?」
不安そうな声で訊ねた私に、主催側の人間として彼も思うところがあったのだろう。
軽く膝を折って目線を合わせてくれた彼に、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
「ごめん、大丈夫だから。自己紹介からしておこうか? 僕は加賀恭弥」
「青柳若菜……四年生で、あの」
「うん、分かった。君がそんな不安な顔しないように、僕の方でちゃんと気にかけておくから」
なんだか、発言が引率の先生のようだ。
随分と大人びたことをいう人だと思った。
「あ、えっと、恭弥くん……?」
幼い呼び方をした私に「ああ、何かあったらそうやって呼んで」と恭弥くんは言ってくれた。
今思うと、初対面の人に対して馴れ馴れしい呼び方をしてしまったなと思う。しかし、加賀という姓の人が多数いる場所で呼ぶなら名前の方がいいと、幼い私なりにいろいろと考えたのだ。
そう呼んでと許可をもらえた瞬間から、私の中で彼は「恭弥くん」という男の子だった。
この時はまだ、彼がこの大きな日本家屋の持ち主の息子だということを、私は意識すらしていなかったのである。
私が恭弥くんと初めて出会ったのは、小学四年生の夏休みだった。
お盆前の、八月一週の頭。夏休みに開催される小中学生向けのイベントがあるのだと母親に教えられ、私はそれに参加することになったのだ。
天候にも恵まれ、蝉が哭き叫ぶ午前中。集合場所まで私を車で送ってくれた母親は、世話係の大人に挨拶をしてそのまま自宅に帰っていった。
集合場所は大きな日本家屋で、参加者の年齢は小学四年生から中学二年生までバラバラであった。
バラバラといっても、参加者のほとんどは中学生だ。
男女合わせて二十名ほどの子供がいたが、その中に小学生は五人だけ。それも高学年の子ばかりで、私は参加者の中で唯一の小学四年生だった。
今となっては昔の話で、細かいことはよく覚えていない。
ただ、大きな日本家屋だと思っていたそこは加賀家の本邸で、そこに集められた子供達は、加賀庵取引先の令息と令嬢ばかりだったらしい。
表向きはお得意様へのサービス、且つ、加賀家の跡取りと関係会社の後継者候補達が仲良くなるためのイベント、といったところだろう。
しかし実のところ、加賀家跡取りの婚約者候補を選ぶという目的もあったらしい。これは、私もあとから知った話だ。
詳細を知らずに楽しく遊ぶイベントだと思って参加した私は、年上ばかりの中に放り込まれて少しだけ怖気付いていた。
私だけがそうだったのか、集まった他の子達も何も知らなかったのか、その辺りのことはよく分からない。
しかし少なくとも、そのイベントに参加していた加賀家の次男は、このイベントの目的を知っていたのだろう。
会場についた私を見た時、呆れたような口調で「びっくりした。こんな子供も来てるんだ」と冷めた目をして言い放った。
「え……」
婚約者候補云々のことなどまったく知らなかった私は、自分より年上の男の子から向けられた冷たい言葉がショックだった。
こんなことを言ってくるのは彼だけだと思いたかったが、周りの様子を見ているとだんだんと不安が募っていく。
広い和室にどんどん集まってくる参加者はほとんどが中学生で、自分よりもずっと大きな存在に見えた。
目の前で私に冷たい言葉を吐いた男の子も、背の高い中学生である。そんな中に私のような小学生が混じっていたら、思いっきり楽しめないと思われたのかもしれない。
年齢が違えば学力も違い、体力的な差だってある。
何をするのか詳しくは聞かされていなかったが、遊ぶつもりで来たのは間違いだったのだろうか。
もしチームに分かれて球技をしましょうなどと言われたら、私のいるチームは確実に不利になるだろう。
目の前の少年の吐いた冷たい言葉は、私の不安をさらに煽ったのだ。
「あ……あの、みんなで楽しく遊ぶだけって聞いてきたから……迷惑になるとか分かってなくて、私……」
そう言った私の声は、若干震えていたと思う。
冷たい視線を私に向けていた男の子は、一瞬驚いたように目を見開いた。
「え? ああ、なんだ。ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃないから、普通に楽しんでいきなよ。遊びに来ただけって認識の子がいると思ってなかったから」
「あ、でも……私が楽しんで、他の人もちゃんと楽しめるのかな?」
不安そうな声で訊ねた私に、主催側の人間として彼も思うところがあったのだろう。
軽く膝を折って目線を合わせてくれた彼に、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
「ごめん、大丈夫だから。自己紹介からしておこうか? 僕は加賀恭弥」
「青柳若菜……四年生で、あの」
「うん、分かった。君がそんな不安な顔しないように、僕の方でちゃんと気にかけておくから」
なんだか、発言が引率の先生のようだ。
随分と大人びたことをいう人だと思った。
「あ、えっと、恭弥くん……?」
幼い呼び方をした私に「ああ、何かあったらそうやって呼んで」と恭弥くんは言ってくれた。
今思うと、初対面の人に対して馴れ馴れしい呼び方をしてしまったなと思う。しかし、加賀という姓の人が多数いる場所で呼ぶなら名前の方がいいと、幼い私なりにいろいろと考えたのだ。
そう呼んでと許可をもらえた瞬間から、私の中で彼は「恭弥くん」という男の子だった。
この時はまだ、彼がこの大きな日本家屋の持ち主の息子だということを、私は意識すらしていなかったのである。
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