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第10章 時間との戦い

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 うたは駆け足でグリーンブリッジに向かっていた。慣れない走りに何度も何度も足を止め、息を整えながら再び走り出す事を繰り返して、ようやく、街に辿り着いた。

 街の警備員は先日と同じように魔法石に手を添えてタッチするよう指示する。その通りにすると、すぐにゲートは開き、街中に入れた。

『教会はすぐにわかります。街中で一番大きな建物です。そこを目指せば大丈夫です。そして、教会に就いたらこの手形を見せてください。これは村への出入りに使えるものですが、私達姉妹の身元を明らかにするものでもありますから・・・』

 プリーテスから託された手形の使い方を今一度思い返してから、街の建物を見上げた。

 街の北側から見ると、ほぼ中央の東寄りに大きな丸みを帯びた赤い色の屋根が見える。その屋根の上には十字架も飾られている。そこが教会だとうたは気づくと、再び、その教会へ向けて走り出した。

 教会の前に着いた。街の住人たちがガヤガヤと騒ぐ生活音の中、その教会は物静かに目の前に立っている。薄汚れた囲いの壁に黒く塗られた金属の飾りの向こう、広い敷地の中に白い壁が見える。

 うたは門戸を開けて中に入る。教会の関係者は誰もいないようだ。

 そのまま教会の中へと入って行く。大きな木の扉を開け、外気とは違い、少しひんやりとした空気が重く感じながら中へと進む。うたの歩く音が教会の中に響く。その音に気付いたのか、奥の扉から一人の神父が顔を覗かせた。

「これはこれは、このようなお時間に礼拝を希望で?」と聞いてきた。

「あっ!あたしは・・・。これを見てください」と、プリーテスから渡された手がを見せると、神父の顔がにこやかな笑顔から一転、険しい表情へと変わった。

「それはロストアビーの村にいる、プリース姉妹の物・・・。彼女らに何か身の危険が迫っておりますかな?」

「はい。司教様、司祭様からこれを見せて、神官戦士の方々のお力を貸していただけるよう伝えに来ました」

「なんと!神官戦士達を・・・。何という不幸なタイミングなんじゃ・・・。今。神官戦士達はこの不穏な状況下である中、情報収集の為に各地へ派遣されております。私と数人の者を残して・・・。私たちはこの教会を守る義務があり、ここを離れる訳にはいきませんし・・・。不本意ではありますが、街の酒場にいる荒くれものではありますが、雇われ戦士を探し雇ってはどうでしょうか?多少、契約金が掛かりますが・・・」

「そんなお金、持ってきていません・・・。司教様達からは、これを見せれば簡単にお願いが出来ると・・・」

「えぇ・・・。彼女らは私たちの家族です。ですが、今神官戦士達は各地へ派遣され、戻って来るのは7日後。それまで今の状況か待てますか?」

「待てるわけありません。今この話している間にも、村は襲われているのかも知れません」

「そうですよね。なら、街の酒場で戦士を雇った方が早いかと・・・。契約金は銀行に行けば、臨時で借りられると思いますので・・・」

 うたはその神父の話し方に限界を感じた。

「わかりました」と一言いうと、深く礼をして教会を後にする。

 教会を出たうたは、街の中央、噴水のある広場へ行き、周りをキョロキョロしながら酒場を探した。ふと、ロコが『街の北側には飲み屋とか飲食関係の店が多い・・・』と、最初にこの街に来た時に話していた言葉を思い出した。

 うたは街の北側に向かって走り出した。その時、行く手を遮るように一人の女性が立ち塞がった。

「なんですか!」

 うたは今にもキレそうな口調で目の前に立つ女性に向かって吐いた。

「やっと追いついたよ・・・」と彼女は目の前に突き出した両手を下ろすと、自分の膝に当て激しく荒い呼吸を落ち着かせようと大きく息を吸って、吐いた。

「アンタさ・・・。今、大変な目にあっているんだろう・・・。私の・・・、風の精霊のチムが教えてくれた。アンタが困っているって・・・」

「困っています。だから、急いでいるんで・・・」

「ちょっと待ちなよ。アンタの話を聞かせて。私・・・。私は、勇者ラムネ・・・。ハァーーーー」と、大きく息を吸って、思い切り吐くとラムネは少し呼吸が落ち着いたようだ。

「勇者・・・、ラムネ・・・?」

 うたはその言葉に胸を強く打たれる思いを感じた。

「そっ・・・、まぁ、自称だけどね。アンタ、何があったんだい?あの教会から血相を変えて飛び出して来たけど」

「今、私の住む村が闇の魔法使いに襲われようとしています。その為、チカラを貸していただこうと教会の神官戦士の方々に助けを願いに行きましたが、彼らは各地に派遣されていて、今は不在だと・・・」

「あぁ・・・、そうだね・・・。私もこの街に来る間に数人の神官戦士達とすれ違った。何かあったんだと思って、チムを偵察に出したら、必死なあなたを見つけたと。私に出来る事なら力を貸すよ。これでも、一応は魔法も使えるし、武器だって、ほら」と、彼女は腰に下げている鞘からロングスォードを引き抜いて見せた。

「これはダークスレイヤーと呼ばれる名剣。私の宝物。あんたがいう、闇の魔法使い達と互角に戦えると思うよ」

「本当ですか?」

「うん。だからさ、お金はいらないから、助けさせてくれるかな?」

「そんな・・・。ありがとうございます」とうたは涙を浮かべて喜んだ。

 勇者ラムネは青い鎧に金色の縁取りが入った軽そうな鎧を着ており、顔は小顔ながら少し耳が大きく尖っている。その美しい金髪のロングヘアーは、彼女の高貴さを表している。

「勇者様・・・?」と改めてその言葉を口に出すと、ラムネは「ラムネでいいよ」と軽い口調で返した。

「それよりも急ぎましょう。もうすぐ夕方になる。闇の使い手なら、この夕方にオーク共を動かしてくるでしょうから・・・」

 ラムネは背中に背負ったカバンから、薄い緑色のスカーフを取り出すと、それをうたに手渡した。

「これは風のスカーフ。エルフ族が作った風の魔法のアイテム。これを身に着けていれば、体が軽くなり、風のように動ける。私も、ほら。同じものを身に着けている。けど、さっきはちょっと間違ってね。体力をかなり消耗しちゃった・・・」

 ラムネは自分の風邪のスカーフを見せた。

「同じもの・・・?」

「そう。さっ、これを首に巻いて・・・。そそっ。そしたら少し、体が軽くなった気がしない?」とラムネがいうと、確かに体が軽くなった気がうたはした。

「じゃあ、急ぎましょう。あなたの村、ロストアビーへ」

 ラムネはうたの手を握り、走り出した。

 二人は夕方少し前にロストアビーの村に辿り着いた。村の入り口の鳥居の前で、うたがポケットからプリーテスに託された手形を出すと、鳥居の下に不思議な空間が現れた。その中へと入ると、真っすぐ一本道となる道が現れた。その道を走ると、村の入り口になる大きな壁と門が見えた。

「ここまで来て、敵がいないなら・・・」とうたが呟くと、ラムネは「そうだね・・・」と後方を確認しながら言葉を返した。

 村の入り口からプリーテスとロコモコが姿を見せた。

「うたちゃん、無事に帰って来たのね。それで、神官戦士の方々は・・・?」

「すいません。ゴメンナサイ。神官戦士の方々は各地に情報収集の任務で派遣されていて、助けには来れないそうです・・・」と、申し訳なさそうに3人に伝えた。

「それでも」と顔を上げると、「勇者様を連れてきました」といって、後ろにいるラムネの腕を取って3人の前に出した。

「勇者・・・、さま?」とプリーテスが言葉を返しながら尋ねる。

「えぇ、自称ですが、勇者ラムネです。宜しく」とラムネは明るく自分の事を名乗った。

「勇者という仕事はありませんからね・・・。自称・・・?大丈夫ですか?」とプリーテスが首を傾げると、ラムネは「大丈夫ですよ。それに、迷ってはいられませんね・・・」といって、後方に振り返った。

「この村の入り口掛けられている迷いのまじないが破かれました・・・」

 その言葉にラムネ以外の3人の心臓が強く冷たい感覚の手で握られた思いがした。

「来るの・・・?」とモコが少し怯えた口調で聞く。

「来る・・・、そうです」とプリーテスが答える。

「あたしはどうすれば・・・?」とうたが聞く。

「とりあえず、村の中まで引こう。勇者様も・・・」とロコがいうと、「ラムネで良いわよ。ここは私が引きつけるから、みんなは中に戻って準備を始めて!」と答えた。

 ロコ達が駆け足で村の中へ戻る。その姿を目で追いながら、ラムネは腰の鞘からダークスレイヤーを静かに引き抜いた。
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