上 下
27 / 37
第9章 果たされない約束

2、

しおりを挟む
 司朗はエメラルドの声を聞いた。そして、他の守護石たちの声も聞いた。その上で、時間が流れ出したタイミングで司朗は、「看護婦さん・・・。そうなんです。実はお願いがありまして・・・。この石をお守りに、隣りの彼女の枕元に。この二つはあっちで眠っている恋人の二人の枕元へ。置いておいてもらえますか?」とお願いをした。

 看護師は快く承諾してくれると、すぐにそれぞれの石を頼んだ患者の枕元へ持って行ってくれた。

「置いて来ましたよ」と彼女は報告してくれた。その言葉に甘えて、司朗はもう一つお願いをした。

「主治医か担当医の先生を呼んでください」

 少し時間は待たされたが、担当医の先生が病室に来てくれた。

「東田さん、何かお話があるという事で・・・?」

「先生・・・。先生にお願いがあります。これは・・・、大切な話です」

 そう司朗は前置きをしてから話を始めた。

 担当医の先生は、最初は、『それは承諾できません』と話していたが、結局、『尽力を尽くします』と約束してくれた。

 司朗はその言葉が嘘でも、その夜は安心して眠る事が出来そうだった。

 ふと、ある思いに駆られ、思わずナースコールを手に押した。

「どうしました、東田さん」

 看護師が血相を変えて飛び込んで来た。

「すいません、そんな大事じゃないんですが、便せんでもレポート用紙でもいいです。何枚かもらえますか?あと、封筒とペンを・・・」

「何するんですか?」と聞かれた。看護師としては脳に負担がかかる事を心配しているんだろう。

「友人に手紙を。それと、婚約者の彼女に、念の為に遺書を・・・。何も残さずに、脳死と判断されるのも何だか、イヤで・・・」

「わかりました。探してきます・・・」

 そう看護師は言葉を残して病室を後にした。

 そうそう病院に便せんや封筒が簡単に見つかるもんじゃない。それは司朗もわかっていた。

 それでも、隣りで寝ている川島陽菜や、向こうのベッドで寝ている二人に、そして、こんな自分と結婚の約束をしてくれた橋本さりなと娘の愛梨には、最後となった時の言葉を残したかった。

「すいません・・・」とさっきの看護師が入って来た。

「便せんは無かったんですが、病院の便せんで良ければ使ってください。それと・・・、これは、私の私物です。これで良ければ、便せんも封筒も使ってください。それと、これ、ボールペンです」

 そう彼女は言い、最後に「あまり無理はしないでください」とだけ言い残して去った。

 司朗は礼をいうと、ベッドをギャッチアップして、手紙を書き始めた。

 まずは隣に寝ている川島陽菜へ。そして、向こうのベッドで寝ている二人に。二人の名前は聞いていなかったので、改めて名前を聞こうとも考えたが、「今更、なんて聞けばいいんだか・・・」と半ば諦めた。

 ふと、枕の下にある守護石が光ったような気がした。司朗はその石を手に取り、テーブルの上に置いた。守護石はもう一度、微かにだが光を放った。

「東田さん・・・、何か呼びましたか?」と、看護師が部屋に入って来る。

「いえ・・・。えっ、でもどうして?」と司朗が尋ねると、「なんだか、昼間の時もそうでしたけど、東田さんに声を掛けられたような気がして・・・。変ですねww。あっ!勘違いしないでください。東田さんにはあんな綺麗な婚約者の方がいる事はわかっていますから・・・」といった。

「あっ・・・。あっちに寝ている意識が戻らない二人って?名前は・・・?」

「狩野さんと佐野さんですか?」

「そうそう。かのうとさのさん。二人の下の名前の漢字はわかります?」と司朗は尋ねると、彼女は「たしか・・・」と思い出しながらメモ紙に名前を漢字で書いて教えてくれた。

『狩野俊也と、佐野美和子か・・・』

「あぁ・・・、そうだった。忘れていたよ」と微笑しながら司朗は話した。

「お知り合いですか?」と看護師が聞いてきたので、司朗は、「以前、旅行に行った時の一緒のグループの人達だったことを思い出してね」とだけ話した。

 病室を出ていく看護師は少し不満げな表情を作って見せていた。

 司朗は川島陽菜への手紙を書き始めた。彼女の出会いは河で溺れている所を助けた事が始まりだったが、最初の出会いの記憶があるのは、向こう。パラレルトゥ・ルースでの出会いだ。そこから彼女は僧侶を目指す事になり、同時にあの世界からこっちに戻って来る方法を探す旅を始める事になった。

 そんな思いで話を書いていきながら、縁があれば臓器提供を申し出ている事、君に自分の心臓を移植されることを切に願っていると書いた。

 次に狩野俊也と佐野美和子の二人への手紙を書き始めた。

 狩野俊也は向こうではロコと呼ばれている。その理由は実に単純で面白かった事。そして、こっちでも恋人同士だという佐野美和子と絶対に結婚するという意思の強さ。その反面、結婚資金に苦慮している所を見せるなど、茶目っ気もあった。

 戦士としても各段にレベルアップしていたことを思い出し、それも書いた。

 仮想モンスターとのバトルでは、練習とはいえ真剣な眼差しに常に実践に出た時の自分の立場を考えての行動。

 旅に出た時は、常にリーダー的立場で何もわからない自分と陽菜を常に誘導してくれたこと。

 文章を書いているうちに、向こうに戻ったらもう一度、ロコと旅がしたいと司朗は思った。

 佐野美和子への手紙は、最初は狩野俊也の文面と似ていたが、書いていくうちに『僕の事、嫌っていましたか?』と何度も気になって書いていた。

 最初に出会った時、遠目からロコをサポートする弓での攻撃。そして、陽菜=うたを常に気にかけていた事。自分い対しては、横目で『なに?この中年おっさんは?』という思いが強かったんじゃないかと思うくらい、眼力がすごかった事。でも、戦士としての旅姿から一転、私服に着替えると見事までに素敵な女性だった。

 まさに、美男美女と褒められる二人。

 そんな素敵な彼女を婚約者に迎えた狩野俊也=ロコはさすがに色男だとも書いた。

 二人が結婚すれば、絶対に素敵な夫婦になれるとも書いた。

 自分が果たせそうにない約束を二人が代わりに果たしてくれとも、末筆に書いた。

 そして、最後に自分の婚約者、橋本さりなと娘の愛梨への手紙。

 なんて書けばいいのか。なんて書きだせばいいのか。看護師にはあまり無理をして脳に負担をかけないでくださいと言われたが、これが一番悩む。それ故、脳に負担をかけている。

 司朗は少し、休もうとペンを置いた。そして、テーブルの上に置いてある二つの守護石を見つめる。

 一つは自分の名を呼んでくれた守護石でエメラルド色をしている。もう一つは静かにしているダイヤモンド。このダイヤモンドは、誰を求めているのか・・・?

 他人には単なる勾玉にしか見えないらしい。という事は、所持する人間にだけこの守護石の本当の姿が見えて、本当の価値がわかるのだろう。

『なら・・・。なんで向こうの世界でロコモコやうたに、こいつら守護石がわたらなかったのだろう・・・』と、ふと沸いた疑問に悩み始めた。

『そもそも・・・、三人の守護石はどんな役目を持っているのか・・・?』と考えてから、「お前は、俺にどんな役目を果たそうとしている?」とエメラルドの守護石を手にして尋ねた。

『それはもうすでに、あなたに伝えました。あとは、あなたが運命の魔法使いとしての責任と義務を果たすだけ。いずれ来る、最悪の事態に備えて、そして、勇者が現れるまで・・・』

 エメラルドが微かな光を発しながら語った。

『君は何者なんだ・・・?』

 司朗が尋ねると、エメラルドは光と共に『私は希望を司る守護石・・・。ずべ手の望みを叶える守護石です』と答えた。

『なら・・・。俺の人生をここで終わらせないでくれ。俺だって、橋本さりなと一緒に生涯を過ごしたいんだから・・・』

『それは無理な話です。あなたは運命の魔法使いですから・・・。向こうで、あなたは勇者が現れるのを待ち続けなければなりません』

『勇者・・・?誰なんだ、その勇者は?』

『勇者は・・・、今はまだ子供です。自分が未来を背負う者だという認識もしていません。そして、勇者の素性を彼らが知ってしまえば、命の危険性が高まります・・・』

『命の危険性・・・?彼らとは・・・?』

『あなたが戦った彼ら、闇の魔法使い達です』

 その言葉に司朗は、洞窟での戦いを思い出した。

『奴らの手がここまで来るのか?』

『いえ・・・。それはわかりません。が、奴らもまた、この世界の元は住人です。奴らはこの世界への戻り方を自由に操れる力を得てしまいましたので・・・。危険性は高いと想像できます』

『誰なんだ?その奴らのこっちでの姿は?』

『それを知った時、彼らが勇者を襲いに来ます。そして、未来への道も閉ざされます』

 エメラルドが伝えたい事はそれだけなのか、話が終わると守護石の光は消え、何も言わなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...