上 下
26 / 37
第9章 果たされない約束

1、

しおりを挟む
『俺はどうしたんだろう・・・。彼の指示で暗闇の中へ飛び込み、呼ばれた声に導かれて手にした物・・・。そうだ・・・。これを手にした途端、また暗闇の中へ引き釣り込まれて・・・。彼の驚きと恐怖に引き攣った顔が見えた。それから・・・。心臓が強く鼓動をしたと思ったら・・・、一気に何もかもが真っ白に消えて行った』

「そして・・・、また、暗闇か・・・」

 司朗は自分の声で目覚めた。まだぼんやりとしか見えない周りを確かめる。手を当たりかまわず動かす。何かが手に触れた途端、大きな物音がした。何かが倒れたんだ。それしかわからない。

 誰かが近くに走り込んで来る。

『彼なのか・・・?』

 そう思ったが違うようだ。彼はこんな甘い香りはしない。どちらかというと、土と埃に混じった汗の匂いという表現が正しいだろう。

「この・・・、甘い香りは・・・?」

「東田さん?気が付きましたか?東田さん。先生を呼んで」

 その叫ぶ声でここがどこだかすぐに理解が出来た。

『また・・・、現実世界に戻れたんだ・・・』

 司朗の記憶のどこかに、違う世界での記憶が蘇ろうとしている。それを何故か、何かが抑え込もうとしている。

『何かを思い出したい・・・。なんで、思い出せないんだ・・・』

 司朗の体がガタガタと震え始める。

「先生!」

「脳圧が上がっているんだ・・・。すぐに・・・、を1アンプル・・・」

 司朗の意識がまた薄れて行った。

 何度目かの意識を取り戻した。それは懐かしい声が聞こえたからだ。

「なら・・・、今度発作が起きたら彼は・・・」

『泣いているのか・・・、さりな?』

「そうです。次の発作が起きたら間違いなく、脳死状態になると思われます・・・」

『脳死・・・?俺、死ぬのか・・・?やだな・・・、だってまだ、お前と結婚していないじゃんか・・・』

「さりなちゃん・・・。ごめんね、こんなバカな息子の為に・・・。でも、覚悟はしなくちゃね・・・」

『お袋・・・?覚悟する・・・。そうか、やっぱり俺は死ぬのか・・・』

 司朗は耳に入る情報を自分なりに解釈をした。そして、誰もいなくなったのを確認するかのように、うっすらとと目を開いた。その瞬間、甘く懐かしい香りが鼻を刺激し、唇に何かが触れる感触を感じた。

『さりな・・・?いたんだ・・・ww』

 司朗はその触れる優しい唇の感触を忘れていなかった。何度、唇を重ねて来たか。その度に照れる言葉を交わし合ったのだから。

「今夜はこれで帰るね・・・。愛梨も待っているから。また、明日来るね」

 そう言葉を残してさりなは病室を後にした。

 さりなの残り香が消えていく。そんなに長い時間、経過した訳じゃ無いのに。空調のせい?そんな疑問が頭を過ぎった。

 ゆっくりと目を開ける。耳に聞こえたのは自分の脈を管理するモニターの音だ。そして、空調の音。部屋の外からは看護師たちの声掛けする声。隣からは・・・。

「やっぱり心臓移植が必要だって・・・。普通の生活を送っていれば、何とも無かったけど、今回の事故で心臓に思いがけない負担がかかってしまって、意識を取り戻したらすぐにでも心臓移植しないと助からないと・・・」

「そんな・・・。何だってこの子にこんな重荷を背負わせるんだ・・・」

『そっか・・・。彼女、心臓が悪いのか・・・』

 司朗は開いた眼で隣の部屋を見つめた。しかし、自分の部屋にブラインドカーテンが降りているせいで向こうの部屋の様子がわからない。反対を見る。しかし、反対もまた、同じようにブラインドカーテンが降りていて、外の様子が見れなかった。

『少し・・・、体の位置を変えたい・・・?』

 その時、自分の手に何かが握られている事に気がついた。司朗はゆっくりと両手に握られている物を目の前に持ってくる。それは、普通の卵より小さめの色とりどりの宝石だった。

『なんだ・・・、この宝石は・・・?』

 そう思った瞬間、全ての記憶を取り戻した。

『そうか・・・。ガンダルが言った奥の部屋にある守護石を手に入れて逃げろって・・・。それで、俺は目に付いたものを全て手にしたんだ・・・。そしたら・・・。気が付いたらガンダルの引き攣った顔が見えて・・・』

 司朗はゆっくりと左右に頭を振った。嫌な記憶はそれで消し去りたかったのだ。だが、そう簡単に記憶が消せるものではない。

 司朗は手にした宝石を一つ一つ舐めまわすように見つめた。

「あぁ・・・。東田さん。気が疲れましたか?」

 と、突然部屋に看護師が入って来た。

「あっ・・・、はい。今、目が覚めました」と司朗は答えた。

「先生!東田さんが目を覚まされました」と看護師がナースコールで呼ぶ。

 すぐに担当医がやって来た。

 司朗の体を隅々までチェックする担当医。その彼に枕の下に隠した宝石がバレないか心配する司朗だが、それは余計な心配だった。

 普通に担当医が枕の下から見えた石を指さして、「誰?患者さんの枕の下に小石なんか置いたのは」と声を張り上げた。

『小石・・・?』

 司朗はその言葉に自分自らの手で枕の下に手を入れ、そこにある石を取り出して見た。

「あぁ・・・。先生、これは勾玉と言って、お守りなんですよ。東田さんのご家族がお守りに置いて行ったんでしょう」

「お守り?これが・・・」と担当医が笑う。つられて史郎も笑ったが、自分には見える宝石が、周りの人には勾玉という小石にしか見えないようだ。

 担当医と看護師が病室を出て行った。

 司朗は改めて5つの宝石を見つめた。その内の一つ。綺麗な緑色をした宝石が自分の名を呼んだ気がしてならない。この宝石が自分の名を呼んだだから、その周りにあった宝石を全て手にした。

 その宝石はエメラルドに似ている。削れば最高の宝石となるのではないだろうか?

 司朗は他の宝石も見る。一つは綺麗な水色の石。そして薄い水色の石に、「これはダイヤモンド?」と思ってしまう程、綺麗な石もあった。

 それらを交互に見つめる。

 そして、改めてエメラルドを見つめる。と、エメラルドがわずかに光ったよう気がした。

 司朗は起き上がって、もう一度エメラルドを少し高く持ち上げて見つめた。すると、一人の看護師が入って来た。

「あっ!東田さん、どうかされましたか?」と聞いてきたが、司朗は呼んだ覚えが無いと伝えると、「そうですか?何だか、東田さんの声が聞こえて、その石を配って欲しいと・・・。あれ?私、何を話しているんだろう・・・」と妙な事を言いだした。

『石を配って欲しい・・・?』

 その言葉に司朗は引っかかった。そして、もう一度エメラルドを持ち上げた。

 エメラルドから声が聞こえたような気がした。

『他の守護石を仲間に渡して・・・』

 そう声が聞こえたと思った時、エメラルドが輝き出した。その光は、その場の時間を止めた。

『あなたは選ばれし、運命の人です。あなたの役目はこれから始まります。今日、この危機は序章にしかすぎません。12賢者、ガンダルは運命の魔法使いである、あなたを大切に守る使命を担っています。彼が今回、手違いであなたに死の呪文を掛けてしまったこと。これも運命です。そして、あなたはこの世界に別れを告げる時が迫っています。あなたのこの世界での役目はもうすぐ、この世界での人生と一緒に終わります。アナタに課せられた役目。それを果たしてください・・・』

 そういって、エメラルドは他の守護石からの声を司朗に聞かせた。その声に司朗は驚きを隠せないでいたが、全てを悟った時、自分の運命への決心がついた時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...