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第7章 リスクと恩恵

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 意識を取り戻したツカサは、とりあえず、ガンダルの計らいで一晩ゆっくりと休ませてもらえることになった。

「暇だから・・・」と、ガンダルに甘える形にはなったが、呪文の書が保管されている書斎から、新しい呪文を覚えられたらと幾つか持ち出してきて、自室のベッドの上で読み始めた。

トントン

 部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 カチャと扉が開く音がして、うたが部屋に入ってきた。

「どうしたの?」とツカサが聞くと、うたは「うん・・・、様子を見に来ただけ・・・」といって、「いい?」と椅子を指差して聞いた。

「いいよ。座って」

 うたはツカサの了解を得ると、静かに腰を下ろした。

 しばらく沈黙が続く。どちらとも話そうとはせず、ただ二人でいるその時間に満足している感じだった。

「あっ・・・、あの」

「なに・・・・?」

 ツカサが優しい声で次の言葉を促す。

「あたしね、神聖魔法を1つ、覚えたの」

「えっ!マジで!凄いじゃん」

 ツカサが自分の事の様に喜んでくれる姿を見て、うたは正直な気持ちで嬉しかった。

「でもね、ツカサさんのケガには全く通用しなかった・・・」と悲しげな表情で話すので、「どんな魔法?」とツカサが興味を持って聞いた。

「怪我を治す呪文。でも、まだ小さいケガしか治せない。大きなケガを治す呪文を覚えるには、まだまだ信仰心レベルが低いって言われちゃった」と笑いながら話す。

「でも、1つでも覚えたのは本当に凄いよ」とツカサはうたを慰めながら、現実世界のうたを思い出した。

「ねぇ。うたちゃんは現実世界では何をしていたの?」

「えっ?!」

 不意の質問にうたは戸惑った。その理由は簡単だった。

「覚えてないよ。記憶に無い・・・・」

「そっかぁ・・・。俺はね、今回、意識不明になった時、自分が現実世界ではどんな生活を送っていたのかなって、夢の中で考えていたんだ。その夢の中で、こんな姿の俺が、幸せな生活を送っているのか?周りを不幸にしていないか?ってね」

「ツカサさんなら、大丈夫ですよ。絶対に周りを幸せにさせています。あたしは・・・」と、何かを思い出したかの様に、急にうたは口をつぐんだ。

「どうした?」

 ツカサがうたの表情に気づいて、心配した口調で聞くと、うたは「あたし・・・、誰かを不幸にしたのかも・・・」と、何かを思い出したようだ。

 ツカサはうた自身が次の言葉を口にするまで、静かに待つことにした。

「・・・・ダメ」

 うたは頭を激しく左右に振って何かを断ち切ろうとした。

「無理しないで。時間をかけて、早く現実世界に戻ろう・・・。んっ?時間をかけて、早くじゃ、矛盾しているかな」

 ツカサの言葉にうたは満面の笑みを見せて笑った。その笑顔を今まで一番、素敵な表情だった。

 うたが部屋を出ていって、ツカサは枕元に置いておいた呪文の書を開いて読み始めた。

 どれも文章が長く、以前までに読んでいた呪文の書よりも難しいものばかりだった。それでも、読めてしまうところが『俺ってスゴいな!』と、自己満足に浸りながら、呪文を覚えていった。

 読み疲れたツカサは、とりあえずは今日は終わりにしようと決めて、呪文の書をサイドテーブルの上に置いて眠りについた。

 頭の中では現実世界で起こった出来事が思い出される。

『うたちゃんの名前は、川島陽菜。ロコさんとモコさんは現実世界でも婚約していて、しかし、交通事故により意識不明。二人とも臓器移植が必要か・・・』

 この世界で出会った仲間が、実は現実世界でも同じ場所、近くにいたというのは驚きだが、ここでは楽しく生活をしているが、現実世界では命の危機状態にある。

『俺も・・・』

 この世界に戻ってくる瞬間の状況を、ツカサは鮮明に覚えている。

 何が原因なのかは知らないが、全身痙攣の発作を起こして、意識を失った。意識を取り戻した時、この異世界に自分は戻っていたのだ。

『何が引き金になっているんだろう?』

 ふと、ツカサはこの世界に戻された理由を考え始めた。

『俺は意識を失って、ここに運ばれていた。そして、4日間も眠っていた。その間、俺の記憶?いや、魂が現実世界に戻っていた・・・』

 布団を避けて、ベットから起きあがって窓辺に立った。外は相変わらず雨模様だ。

『現実世界に戻る事が出来たのは、ガンダルの呪文によるなら、こっちに戻る方法は何だ?』

 その関係が何か?

 ツカサの脳が激しく回転はしているが、何も答えを見いだせないまま、時間だけが過ぎて行く。

 外は激しい雷雨に変わった。雷の轟音が遮音性の高い窓を通して聞こえる。頑丈な城でも、壁が微かに揺れる。

 稲光が窓の外を明るく照らす。そして、轟音が鳴り響く。

 一瞬、雨足が静かになったと感じた。

 何度目かの稲光で部屋の中が明るくなった。ふと、ベッドの下に何かが落ちているのに気づいた。

『んっ?』

 ツカサは振り向いてベッドに近づく。そこには新聞が落ちていた。

「何でこんなもの・・・。誰だ?」

 そう愚痴を呟きながら新聞を拾った。

 手にした新聞を見る。現実世界で広く出回っている一般的な新聞だった。

「何で?」

 ふと湧いた疑問が何か不安に繋がるイヤな予感を感じた。

 ゆっくりと広げてみる。そして、新聞の日付を見た。

『・・・!』

 ツカサの勘は的中した。

 その新聞はツカサが現実世界で、病院の売店で購入した新聞だった。つまり!

 ツカサは新聞の県内版のページを開く。

『・・・・!!』

 そこにはツカサの本名と、うたの本名が書かれた事故の記事が載っていた。

 ツカサは事故の記事に初めて目を通す。この記事には、うたは看護大学2年生の女子大生で、当時、サークルの集まりで川辺にキャンプをしに来ていたが、謝って河に入り、そのまま足を取られて流されたとある。そして、近くにいた男性によって一時は助けられたものの、早い河の流れにより再び流され、溺れた現場から下流1km付近で、岸辺に倒れている所を発見。救急搬送されるも、二人とも意識不明の重体。
 現場では当時、前日の豪雨により上流の貯水ダムが危険水位に達した為、予定外の緊急放水を実施した。しかし、この情報は下流にいる住民達には連絡されていなかった。県の管理会社によると、当時、担当者が臨時職員で、連絡方法を誤ってダム関係者には伝えたが、下流住民達には連絡しなかったという。現在、県担当者と警察は当時の臨時職員を探して事情を聞く事にしている。

 記事を読み終えたツカサは、『不運が重なった・・・』と、落胆した気持ちだった。

 その新聞を部屋のゴミ箱に捨てた。

 これがうたに読まれでもしたら、もしかしたら気が狂うかも知れないと思ったからだ。

 いつの間にか雷は止んだようだ。しかし、以前として外は激しい雨が降り続いている。

『さりなと愛梨は、今、何をしたいるのかな・・・?』

 現実世界に残して来た、婚約者の橋本さりなと、彼女の娘の愛梨の事を、急に思い出した。

 彼女に出会ったのは4年前の秋。

 彼女が働いていたお店に行った時、憧れの女優だと思い、感激して声をかけたのが、始まりだった。

 さりなには一言、『誰ですか?その人』と、冷たく言い返され、ツカサはその女優の事を説明した。

 それからのツカサは、橋本さりなの勤めるお店に足げく通った。その甲斐があって、さりなとプライベートで会う約束を取り付けた。そして、その時、初めて子供がいること。離婚歴があることを言われたが、ツカサはそれも含めて、橋本さりなの事を愛し初めていた。

 出会って4年。

 娘の愛梨が、『ぼっちんは、パパになってくれないの?』と言い出したことをきっかけに、二人の関係を一歩先に進める事に決心をしたツカサは、橋本さりなにプロポーズをした。

『遅いよ・・・。いつまで、待たせるのかと思ったよ』

 それが、彼女の承諾の返事だった。
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