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31 結婚の儀

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 国王就任式後。
 犬神家、国王執務室。

 式典服から通常の着物に着替えた伊月は、デスクの椅子に座り面会人を待っていた。
 顔には疲れが見える。

『伊月様、体調がすぐれないのでしょうか?』

 式神の嗣斗は心配そうに横から話しかけてきた。
 嗣斗の頭に並んで座る鳥型式神2体も心配そうに見つめている。

「大丈夫よ。みんな心配してくれてありがとう」

 伊月は笑顔を作って鳥たちの頭を指で優しく撫で、次に嗣斗の首元を優しく撫でた。

 コンコン——。

「はい」
『国王様、犬壱光也いぬいみつや様がおいでになられました』

 扉の向こうから、使用人がそう言った。

「お通しして」
『畏まりました』

 伊月は椅子から立ち上がり、扉の方へ向かう。
 嗣斗は鳥形式神をのせたまま伊月の後ろからついていった。

「失礼いたします」

 使用人によって扉が開けられると、そこには緊張して顔を強張らせた1人の少年——犬壱光也が立っていた。
 10歳になったばかりの犬壱家の末っ子で、嗣斗の年の離れた弟だ。
 嗣斗が幼い頃の顔によく似ているため、伊月は光也を見た瞬間、目を潤ませる。

 式神の嗣斗は光也を見た時、不思議と懐かしい、という感情が湧き上がった。
 記憶がないにもかかわらず。
 目が離せなくなり、じっと見つめる。

 光也は「こんにちは」と挨拶した後、深々と頭を下げた。

「来てくれてありがとう。さあ、中へ入って」
「は、はい!」

 伊月は扉から向かって右側の応接スペースへ案内した。
 上座の長椅子に伊月が座ると、光也も後に続いてテーブルを挟んだ対面の長椅子に座った。
 嗣斗は伊月の右側の床に行儀よく座る。

「昨晩はよく眠れたかしら?」

 光也はその質問に顔を曇らせた。

「はい……」

 光也は本心を言えなかった。
 伊月が戻ってきたその日から光也はこの犬神家の屋敷に滞在しており、毎晩うなされてほとんど眠れていなかった。
 ある傷ましい事件が原因だ。

 その事件とは——伊月が異世界へ渡っている間に起こった。

 犬壱家はなんの前触れもなく、4つの有力貴族の屋敷を襲った。
 その者たちは時空の狭間の生贄にされ、犬壱家も同様に被害を受けた……。
 全ては歴代国王の式神が操ったことであるため、伊月は犬壱家を罪に問わなかった。
 難を逃れた複数の使用人たちが今では使われない特殊な『古代魔法陣』を目撃しているので、疑うものはいなかったことが幸いだ。

 この事件で生き残った貴族は光也ただ1人。
 妖力を全く持っていないことが理由だろう、と伊月は推測していた。

「今日は、光也くんに提案したいことがあってここに来てもらったの」

 光也は首を傾げた。

「私の養子になってもらえないかしら?」
「え……? ぼくが国王様の息子になるのですか?」
「そうよ」

 伊月はニコリと笑いかけた。

「国王様は大丈夫なのですか? ぼくは犬壱家の者で……」
「それは気にしなくてもいいのよ。犬壱家が何も悪くないことは、民たちも納得しているの」

 それを聞いた光也は、暗雲が立ち込める未来に一筋の光を見いだす。

「……みんなが許してくれるのであれば……よろしくお願いいたします!」

 光也は感謝と嬉しさで目に涙を浮かべながら、深々と頭を下げた。

 その日以降、式神の嗣斗は許される範囲で光也の側にいることになった。
 もちろん光也には式神は見えていなかったが、光也寂しさは徐々に薄れていった。


***


 国王就任式があった日の夜。

「——うわ……」

 夕翔は目の前に広がる景色を見た瞬間、思わず感嘆の声を漏らした。

「気に入っていただけましたか?」
「もちろんです、伊月さん!」
「伊月、ありがとう」

 花奈は夕翔の横で嬉しそうに微笑んでいた。

 伊月が2人を連れて来たこの場所は、桃色の光を放つ花が咲き乱れる広大な草原だった。
 結界を張り巡らせていたので、3人以外は誰もいない。

「姉上、ここで結婚の儀を執り行いますね」
「伊月……場所をここにしてくれて本当にありがとう」

 花奈は久しぶりに来た大好きな場所を目にして涙ぐんでいた。
 そんな花奈を夕翔は肩を抱き寄せる。

「本当に綺麗な場所だな」
「うん、私の大好きな場所なんだよ。伊月と思い出の場所でもあるの。その時は昼間だったけど、こっそり家を抜け出していっぱい話をしたんだよ」

 伊月はもつられて目を潤ませていた。

「そっか……2人の大切な場所に連れてきてくれてありがとう、伊月さん」
「おふたりにはこの場所がぴったりだと思いまして。さあ、始めましょう」
「うん!」
「お願いします」

 向かい合った花奈と夕翔は、両手を前に出して互いの手を合わせ、指を絡める。
 伊月は自分の手を2人の手の上に添え、1つの赤い魔法陣を出現させた。

「永遠の結びつきをここに——」

 伊月がそう言うと、その魔法陣を描く線が解けて1本の赤い糸へ変化した。
 それは花奈と夕翔の両腕が1つになるように巻きつき、しっかりと結ぶ。

「——愛が消えない限り、2人は永遠に繋がれるでしょう」

 伊月がそう言い終えると、2人を結んだ赤い糸は消えた。
 伊月はふたりに笑いかける。

「おめでとうございます。これでおふたりは正式な夫婦ですよ」
「伊月、ありがとう」
「ありがとうございます、伊月さん」
「心からおふたりの幸せを願っていますね——」

 その後、伊月だけが先に屋敷へ帰った。



 花奈と夕翔は手を繋いで美しい景色を眺めていた。

「今日は大変だったけど……最後は伊月さんのおかげですごく幸せな気分になったよ」
「そうだね。伊月の気配りは尋常じゃないから。今日は完璧過ぎだよ」
「なんか……それ聞くと心配になるな。伊月さんは普通の人より心労がひどいんじゃない?」
「そうなの。だから私が横で支えたくてね」

 花奈は眉根を寄せていた。

「伊月さんのこと大切にしてやれよ」
「うん。精一杯頑張る」
「……花奈、ちょっといい?」

 夕翔は少し照れていた。

「ん? なに?」
「こっち向いて」

 夕翔は花奈の腕を引っ張って向かいあわせるように立たせた。
 そして、片膝をついて跪く。

「花奈、俺を見つけてくれてありがとう。絶対に幸せにするから」

 夕翔はズボンのポケットから銀色の指輪を取り出し、花奈の左手薬指にはめた。

「これは?」
「俺の世界では、結婚するとお揃いの指輪をはめる習慣があるんだ」

 夕翔はもう1つの指輪を取り出し、自分の左手薬指にはめる。

「あと、もう1つの習慣がこれだよ」

 夕翔は立ち上がり、そっと花奈にキスをした。

「誓いのキスだよ——」

 2人はその後、今までで1番幸せな時間を過ごした。

 
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