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11.明るい未来へ
しおりを挟む「アイリス。突然だが、これから国王陛下に会いに行こう」
私が公の場でセピア様に治癒をしたことで、本物の聖女であることが瞬く間に世間に広まった。
偽の聖女は自身が本物だと偽ったとし、処罰されたらしい。
彼女もまた、被害者となった。
一方で私は、なぜか国王陛下の呼び出しがないまま時間だけが過ぎ、セピア様からも追求されることはなかった。
けれど、ついに時が来たのだと思った。
「以前、パーティーで君に『もう少しの辛抱だ』と言っことを覚えているか?」
「はい、覚えています」
忘れるはずがない。
不安の中で優しさに満ちたセピア様の言葉は、はっきりと覚えている。
「ようやくその時が来たんだ。もう不安に思うことは何もない」
「……え」
「私が信用できないか?」
そう尋ねられてしまうと、首を横に振るしかない。
私はセピア様のことを信じているからだ。
私たちは宮殿に訪れ、これから国王陛下に会うのだろうと思っていた。
けれど、セピア様の後をついていく中で、ふと違和感を覚えた。
「あの、セピア様。ここは……」
「どうした?」
「……いえ」
何かがおかしい。
そう思った時にはもう、陛下がいると言う部屋の前に来ていた。
セピア様は躊躇いもなく中に入り、私も後に続くと──
その部屋には、パーティーで会ったことのある王太子殿下の姿があった。
そう、ここは王太子の住む宮殿だったのだ。
確かにセピア様は『国王陛下と会う』と言った。けれど目の前にいるのは王太子殿下で……。
「あの、これはいったい……」
「新たな国王陛下が誕生したんだ」
「ですが、陛下はまだご健在で……」
「いや、陛下は今夜、ご病気で亡くなられる。殿下が新たに即位するんだ」
病気なんて耳にしたことはないし、私の目で見た陛下は確かに元気だった。
けれど確信したような言い方はまるで──
「セピア様」
「どうした?」
不安な私に対して、セピア様は柔らかな笑みを浮かべ、私の肩を抱き寄せる。
いつもなら安心するはずなのに、今日はドクドクと鼓動が速まった。
チラッと殿下に視線を向けると、何かに怯えている様子だった。
もしかして、以前のパーティーでも怯えていたのは陛下に対してではなく……セピア様に対して?
「おかしいと思わないか? この国は異常なほど国王を崇め、讃えている。国王の功績は全て、聖女様のおかげだと言うのに」
セピア様は怒りを露わにしていた。
そういえばセピア様は、聖女様の眠る墓地に頻繁に訪れていた。
聖女様に対して何とも思っていない人が、そんなことできるはずがない。
いったいセピア様と聖女様の関係って──
「私は幼い頃、聖女様に命を救われたんだ」
「……え」
「気になるのだろう?」
私の考えが筒抜けだったようで、セピア様は私に聖女様との関係を説明してくれた。
「聖女様は、私がまだ魔法をろくに使えない時からずっと気にかけてくれていた。君と同じで、まるで母親のような人だった」
もしかして以前、私に会う前から私のことを知っていたというのは、聖女様から話を聞いていたのだろうか。
「私は近くで聖女様のことを見てきたから、今の国王にどれほど辛い思いをさせられてきたか知っている。その時の私は無力で、ただ見ていることしかできなかった」
その頃のことを思い出したのか、セピア様はとても悔しそうだった。
「だが今は違う。二度と大切な人を同じ目に遭わせない。これは私なりの覚悟だ」
そう言って、セピア様は殿下に視線を向ける。
「そのためには貴方の力が必要なのです、新たなる国王陛下」
「も、もちろんだ。私も陛下の……父上の聖女に対する不当な扱いはずっと疑問に思っていた。必ず父上の所業を明るみにし、聖女様の名誉を回復させると約束しよう。当然、新たな聖女の身の安全も保証する」
殿下の様子を見るに、セピア様が裏で手を回しているのは見え見えだ。
けれど……そうか。セピア様も聖女様に対してそのように思ってくれていたのか。
私は自分のことばかり考えていたけれど、セピア様は聖女様のために今まで動いてきたのだ。
そう考えると、恐怖よりも嬉しさが勝ってしまう。そして何より、今回の件は私を守るためでもあるのだから。
「アイリス、もう何も恐れる必要はない。君の思うがままに生きていけばいい。無理に聖女の名を背負わなくていいんだ」
セピア様は、私の意思を尊重してくれる。
けれど私は──
「私は、セピア様にふさわしい人間になりたい……聖女として名を上げ、セピア様の婚約者として恥じない女性になりたいです」
言った後に気づいたけれど……これってもう好きだと言っているようなものでは⁉︎
恥ずかしくなって咄嗟に俯いた。
「……困ったな」
「え……きゃっ⁉︎」
セピア様の反応が気になっていると、突然抱きかかえられる。
「君は婚約者としてと言ったが、あいにく私は今すぐにでも妻になってほしいと思っている」
「せ、セピア様……! その、殿下の前で何を」
「人目が気になるなら今すぐ帰ろう。では私たちはこれで失礼します」
私を抱えたまま部屋を出る直前、セピア様は殿下の方を振り返った。
「ああ、そういえば言い忘れていましたね。新たな国王陛下の御即位、謹んでお祝い申し上げます」
形式的な言葉に感情は篭っていなかった。
きっと殿下を牽制する意味合いで言ったのだろう。
私の想像以上にセピア様の力は恐ろしいようだ。
「行こう、アイリス」
「待っ……行こうってもしかして、このままですか⁉︎ せ、セピア様!」
今後について考えることがたくさんあるというのに、セピア様がそれを許してくれない。
きっとこの先、多くの困難が待ち構えているだろう。
けれど──セピア様となら、共に乗り越えられる。
この日を境に、私たちの未来が大きく動き出した。
END
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