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3.近づく(1)
しおりを挟む結婚式は大々的に行われた。
ラーニナの両親は、早速結婚に漕ぎ着けたことに驚いていたが、勝負はここから。
結婚式を終え、ラーニナはアメジスト公爵夫人として屋敷に迎えられた。
(エメラルド公爵邸とは違って、なんか……とても陰気くさいわ)
アメジスト公爵邸は、明るい昼間でも夜のように暗くて静かだった。
使用人の数も少なく、終始忙しそうに動いている。
一方でロイスは屋敷を開けている日が多く、中々顔を合わせる時間がなかった。
(屋敷では好きにしていいと言われているけれど……)
ラーニナは結婚初日の、ロイスとの会話を思い出した。
ロイスからは、屋敷にいる間は好きにして構わない、駆け落ちの資金も惜しみなく出そうと言われていて、本当に相手がいるのなら喜んでいただろう。
ロイスはこの関係の期間を設けないと話していたが、願わくば早く屋敷を出て行って欲しそうだった。
(まあわたくしは本当に好きにさせてもらうけれど)
ラーニナは早速、ロイスを堕とす第一計画を進めることにした。
それはアメジスト公爵家の使用人を抱き込むこと。
(使用人に好かれることは、わたくしを有利にさせるはず)
早速実行に移そうとするが、使用人が中々捕まらない。
みんな真面目に働いていて、付け入る隙がないのだ。
「奥様、お茶をお持ちしました」
「あら、ありがとう」
唯一接点があるのは、侍女のミリアだけ。
ミリアはラーニナと歳はあまり変わらなかったが、必要最低限の会話しかせず、侍女の仕事を全うしていた。
(ここの使用人はみんなロイス様のようにポーカーフェイスなのかしら!)
ミリアは微笑みひとつ見せてくれず、常に無表情。
話しかけても素っ気ない返事しかない。
「今日もいい天気ね」
「左様でございます」
使用人との距離は中々縮まらなかったが、生活に不自由はなかった。
ゆっくりと寛げる部屋に、豪華な食事。
空いた時間は本を読んだりと、のんびりと過ごしていた。
(このままじゃいけないわ!わたくし、家ではもっと活発に動いていたのに)
ラーニナは立ち上がり、ミリアに視線を向ける。
「ミリア。わたくし、体を動かしたいわ」
このままだとロイスを堕とすどころか、怠け者になってしまう。
食べては寝てを繰り返していると、そのうち太るだろう。
エメラルド公爵家では、乗馬や剣術も嗜んでいたラーニナは、ここでも同じことをやろうと思った。
「奥様、本当によろしいのでしょうか?」
ラーニナは早速乗馬の準備をしていると、初めてミリアの表情が変わる。
不安そうな、どこか心配そうにしていた。
「わたくし、乗馬は得意なの。ミリアも一緒にどうかしら?」
「いえ、私は一介の侍女ですので……」
「貴女がやりたいかどうかを聞いているのよ」
ラーニナの両親は、あまり身分を気にしない人だった。
彼女もそれの影響を受けていて、これまで身分など関係なくたくさんの人と関わってきた。
今もミリアを侍女としてではなく、一人の女性としてそう尋ねていた。
「……私は」
「乗馬経験はあるの?」
言いにくそうにしているミリアを見て、ラーニナは質問の仕方を変える。
「はい、ある程度はできます」
「だったらミリアも一緒に乗りましょう」
ラーニナの一言で、ミリアも馬に乗る。
広大な土地を二人で走り、風を気持ちよさそうに浴びていた。
「うーん、いい気分転換になったわ」
ずっと室内で座りっぱなしだったのが体にきていたようで、乗馬が終わる頃にはスッキリしていた。
ミリアも乗馬のレベルが高く、二人は楽しそうだった。
「ありがとうミリア、わたくしに付き合ってくれて」
「いえ、お礼を言われる筋合いはありませんので」
「楽しかったからお礼を言いたいの!また一緒に走りましょう」
「……奥様のお望みであれば喜んで」
ミリアは無表情ながらも、どこか嬉しそうな雰囲気を纏っている。
ラーニナはそれを読み取り、ふっと微笑んだ。
(きっと感情を表に出すのが苦手なのね)
体を動かした後、お腹を空かせたラーニナは何か作ろうと厨房へと向かう。
領地で採れた食材を使って料理をすることもあったラーニナは、貴族にも関わらず料理が得意だった。
エメラルド公爵家では、令嬢らしからぬ姿のラーニナを反対する者は誰もおらず、むしろ日常と化していた。
しかし今いる場所はアメジスト公爵家。
周りの反応は違っていて当然……はずが、使用人の誰もが否定的ではなく、ラーニナに興味を示していて肯定的だった。
「奥様、素晴らしい腕ですね」
「子供の頃からよくお母様やメイドたちと一緒に作っていたから得意なのよ」
ラーニナはアップルパイを作り、その腕の高さにシェフをも唸らせた。
「さあ、せっかくなのでみなさんでいただきましょう」
ラーニナの一言で、使用人たちが集められる。
突然の招集に何事かと心配している人もいたが、次第に漂う甘い匂いに意識を持っていかれた。
ラーニナは紅茶を淹れ始め、全員にアップルパイと一緒に配られる。
「こちらのアップルパイはわたくしが作りました。味には自信がありますので、みなさん召し上がってください」
最初は皆、緊張した面持ちだったが、一口食べるとすぐに表情を和らげた。
誰もがアップルパイを食べ進め、あっという間に完食していた。
「奥様、とても美味しいです」
「本当?良かったわ」
最初は物静かな使用人が多いと思っていたが、アップルパイを美味しそうに食べて話している姿は、エメラルド公爵家の使用人との差はなかった。
明るい笑顔に元気な声……そこは活気に溢れていた。
「正直最初は暗い印象だったけれど、みんな明るくて良い人たちばかりね」
ティータイムを終え、ラーニナは自室へと戻る。
先程のことを思い返してミリアに話しかけていた。
「初めてかもしれません」
「うん?」
「このように使用人たちが集まって、楽しく過ごすのは……いつもは静かなので」
「じゃあ定期的に開催しましょう」
「え……」
「わたくし、料理するのが大好きだからちょうど良かった」
こうしてラーニナは使用人たちと少しずつ、けれど確実に距離を縮めていくことに成功した。
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