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追いかけた先で別の黒い何か
しおりを挟む「黒いもやの魔物、とか? いやでも、そんな魔物いたっけな? 俺が全部の魔物を知っているわけじゃないけど」
マックスさんや、これまで接してきた冒険者さんとかギルドの職員さんなどに、ある程度魔物の話を聞いたりはしている。
だけど、その中に宙に浮かぶ黒いもやの魔物の話はなかった。
まぁ、大体皆が話してくれる内容は、これまでの経験談とか職員さんならそこのギルドに関連する周辺の魔物情報が多いんだけど。
確か、空気というかガス状の魔物とかはいるんだっけ……幽霊ではないけど、ゴーストと呼んでいる魔物みたいに。
「あ……あれがゴーストに関連する何かだったら、ちょっとまずいか」
ゴーストは不定形の魔物で、エルフの村近くにいたのと戦った事がある。
けどあれは、魔力の塊で、こちらから物理的な攻撃はほとんど意味をなさない。
一応、斬り刻んで霧散させるような事はできるけど、かなり手間をかけて細かくしないと完全にア押し切る事はできないはず。
魔法だと、見た目的には他の魔物と同じように斬り裂かれたり、燃えたり、はたまた凍って、倒せるんだけどね。
ただ目ではそう見えるだけで、実際にはそのゴーストを形成している魔力に、他の魔力が干渉して魔物としての形を形成できなくなるため、倒せる……とかだったはず。
素材が取れるわけでもなく、魔法が使えない人間もいるから、冒険者さんには嫌われている魔物だ。
発生する事自体が稀だけど、討伐依頼があっても大体いつも不人気依頼の上位に来る……って、ギルドの人から聞いたような気がする。
「あれがもしゴーストのような性質だったら……」
今の魔法が使えない俺にとっては、天敵と言えるのかもしれない。
せめて、モニカさんやソフィーのように攻撃性のある魔法が放てる魔法具があれば、話は別だったかもしれないけど……。
「いやでも、剣魔空斬でならなんとかなるかな? あれも魔力を飛ばすわけだし、一応魔力に干渉するっていう事象になると思う」
単純な、何にも変換されていない魔力だと、干渉するどころかゴーストに吸収されるらしいけど。
でも、変換はされていなくても斬るという性質になった魔力なら、なんとかなる可能性も見込めるか。
何がどうして、そこにあるけど空気以上に直接触れるのが難しい魔力を飛ばして、魔物や木を斬り裂けるのかはわからないけど。
もしそれが通用しない場合は、最悪情報を持ち替えるだけに留めておくでいいだろう。
今の所、目撃情報はあるにしても誰かに被害が出ているわけでもなし、魔物だとしたら討伐しなきゃならないけど、場所が場所だからすぐに多くの人が来る所でもない。
もし遭遇しても、情報があればなんとかなるのなら、対処を任せるでもいいからね。
危険なようなら、エルサなりを連れて来てという事になるけど、なんにせよ観察するだけ観察して、できるだけ情報を得たうえで、一度帰るというのも選択肢の一つだ。
「まぁ、本当にゴーストみたいな魔物だったら、ってだけだけどね」
あくまで最悪の場合を想定してだ。
取り除ける脅威なら、今ここで取り除いてもいいし、本当に脅威なのかどうかもわからないから、とりあえずこのまま追いかけてみよう。
「……結構、移動したけど……ん、あれは?」
黒いもやを追いかけ続けてしばらく森を歩いた頃、そろそろ何かないかと思っていたら、これまでとは違う光景が見えた。
追いかけているもや自体は、一定の速度で南に向かっているんだけど……その先、木々の隙間から見える奥の方に、もっと大きな黒い何かがあるのがわかった。
それは不定形で、蠢きながら形を変えているようだけど、どう見ても黒いもやが集まってできたように思える。
「人に近い形になろうとしている? いや、既に人に近くはあるけど」
頂点に丸い形の物、そこから長方形に近く縦に長い物がくっ付いており、その長方形の左右とした部分から細長く黒く蠢く何かが伸びている。
かなり歪で、今も蠢きながら形を少しずつ変えているけど、丸いのが頭、長方形が体、そこから伸びて言るのが手足と考えると、人の形を模そうとしていると言えるのかもしれない。
「もしかしたら、あれを見て人の形をした影って事なのかも……?」
兵士さん達からの目撃証言は、俺が追いかけていた黒いもやではなく、こちらの人に近い何かを見たのかもしれない。
よく見ればちぐはぐで、左右不対象だから人っぽい形をとってつけたような何かで、人とは言えないけど、薄暗い森の中でじっくり観察したわけでもなければ、人の影に見えてもおかしくない。
「見間違えってわけでもなかったって事だよね。でもあれ、どこかで見たような……? あ、追いかけていた方が……」
呟いている間にも、追いかけていた方の黒いもやが融合するように、吸収されるようにその人っぽい何かに重なっていく。
その瞬間……。
「KIKIKIKIKIKI……!!」
「くっ!」
思わず顔をしかめて耳を塞ぐ。
突然発せられた人ならざる声、これまで遭遇した魔物とも違うあってはならないとすら思わされるような、金切り声に近い声が辺りに響いた。
いや、声なんて表現で正しいとも思えない、ただの音。
空気を振るわせる事で共鳴のような現象を引き起こし、ただただ周囲に存在を知らせるような、威圧しているようでもあり、何かを呼んでいるようでもある音だった。
「KIKIKIKIKIKIKI!!」
「耳を塞いでも、完全に防げないのか……! 多少マシではあるけど」
両手で両耳を塞いでいても、ほんの少しの隙間から入り込んでくるように、不快な金切り音が聞こえる。
耳の奥を圧迫されるような、脳に直接響くようなそれは、ただただ気持ち悪い。
しかも、ただ耳を塞いでいるだけで俺自身は何もしていないのに、体の奥底にある何かが強制的に励起(れいき)させられるような、粟立つ(あわだつ)感覚がある。
「これ、もしかして魔力か……!」
励起され、活性化する体内の魔力。
それと共に、耳を通してか……いや、金切り音を受けている全身からジワリと体の中に入った何かが、活性化した魔力と重なり、抜けていくような感覚があった。
染み込み、滲み出すように魔力が連れて行かれるような。
魔法を使っているわけではないし、剣魔空斬くらいでしか大きく魔力を使っていないので、体内の魔力には全然余裕があるけど、音以上にこの感覚は不快だ。
「KIKIKIKI……」
「音が、止んだ?」
どうにか対処を、と考えて動こうとしていたら、黒い何かから発せられる音が止んだ。
耳から手を放しても、森の静けさがあるばかりでさっきまで強く響いていた音は、一切ない。
むしろ、静まり返った森の静けさで意味が痛いくらいだ……って、ん?
「……静かすぎる?」
森とはいえ、風が吹けば木々がざわめき、植物が揺れる。
魔物や人がいなくても、何らかの音がしているものだけど、その音が一切なくなっているのに気付いた。
キョロキョロと顔を振り、周囲を見ると黒い何かを中心にして、木々が枯れていた。
いや、完全に枯れたわけではないとは思うけど、枝は半ばで折れ、青々とした葉っぱは茶色く、木の幹に至ってはまるで乾いているようだ――。
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