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豹変するアンリさん
しおりを挟む「き……貴様が! いたからぁ!! あの苦しみは、痛みは、貴様がぁ!!」
「っ!? ア、アンリさんっ! くっ……!」
「アンリ!?」
突如叫んだアンリさんが、座っていた椅子から尋常じゃない速度で飛び出した。
俺へ向かって……いや、俺の隣にいるレッタさんに向かってか。
驚いたけど、なんとか反応して正面からアンリさんを止める。
さながら、相撲で正面からぶつかったような形だ……俺もアンリさんもまわしは付けていないし、アンリさんは肩を俺の胸辺りにぶつける形で、タックルされているみたいになっているけど。
「貴様が、貴様がぁ!!」
「ちょ、どうしちゃったんですか、アンリさん!?」
「アンリ、アンリ!?」
俺が見えていないかのように、アンリさんはレッタさんに向けて叫び続ける。
豹変したアンリさんに驚きつつも、全力で俺を押そうとしつつ、レッタさんへと手を伸ばす。
グリンデさんは、アンリさんの豹変に驚いて動けないながらも、名前を呼んで声をかけ続けている。
「リ、リク様!?」
「大丈夫です! 何とか抑えられますので、近付かないで下さい!」
同じく驚いているベリエスさんとギルド職員さんの二人が、俺に加勢しようとするけど、危ないので声で制す。
レッタさんに向かって伸ばされている手は、ばたばたと動いていて傍目には多分なんでもない事のように見えるけど、こもっている力が異常だ。
時折俺の体に当たる衝撃は、それなりに痛みを感じる程……こちらも力を込めて抑えている状況で、俺が痛みを感じるのはどれだけの力があるのか。
少なくとも、そこらの人間なら容易に弾き飛ばしそうだ、これがあの巨大な斧を自由に振り回している力、なのかもしれない。
今は正気を失っているようにも思えるから、火事場の馬鹿力的な事なのかもしれないし、本当にアンリさんの全力なのかはわからないけど。
「ぐっ……! 思ったよりも力が、強い……っ!」
ジリジリと、俺の体ごと押すアンリさん。
一部を除いて華奢な体のどこにこんな力が、と思わなくもないけど……俺にしたって魔力のおかげで凄まじい力を出せているから、魔力貸与のせいなんだろうな。
そう思った時、アンリさんの圧のせいなのか後ろに下がったレッタさんの声がした。
「リク、そのまま少しだけ抑えておきなさい」
「え!? このままって言われてもっ!」
ジリジリ、ジリジリと押される中、聞こえたレッタさんの声。
抑えると言われても、力を込めようにも体勢が不安定というか、アンリさんは女性だし下手な場所に触れないようにしているから、これ以上は……。
なんて、力を込めるところを迷う俺。
動かないようガッチリと抑えるのなら、アンリさんの肩を俺の胸止めておくだけでなく、体勢を変えたり手を回さなきゃいけなくなる。
「いいから。その子の狙いは私よ。こんな事になるのは予想外だけど、これも身から出た錆かしら。とにかく、少しだけ待ちなさい」
「少しって、どれだけ……!」
「少しは少しよ! いいから、その子を止めるのが今は先決なの!」
「わ、わかりました……仕方ない……アンリさん、ちょっとだけ触れますけど許してくださいね!」
レッタさんの言葉を仕方なく了承し、少しだけ体をずらす。
そうして断りをいれつつ、俺の胸に当たっていたアンリさんの肩が少し下がったのを狙って、上から覆いかぶさるように、アンリさんの背中から腕を回す。
「ふーっ! ふーっ! 貴様、がぁ……! ガァ! グルァ!!」
普段おっとりしているアンリさんは見る影もなく、獣のような息遣いと叫び声を発している。
唯一意味がありそうなのは、レッタさんに向けられた貴様という言葉のみ……一体どうして、急にこんな事に……。
なんて考えつつも、アンリさんの背中から腕を回してお腹の当たりで手をガッチリと組む。
プロレス技で言う、パイルドライバーをする格好に近い形になった。
ただその際、馴染みのない柔らかな感触を感じた気がするけど、アンリさんには頭の中で全力で謝っておく。
「んっ、しょっとぉ!!」
「ガッ! ……っ! ……っ!」
「あ、あんまり暴れないで下さいね……って言っても聞いていないか……っと!」
そのままの形でアンリさんの体を持ち上げ、地面から足を離させる。
そうする事で、力が入らずに動く事もままならなくなったようで、俺を押す力が弱まった。
ただし、手足をじたばたされていてもがくので、ベチベチと体のあちこちに当たって痛いけど。
「つっ……!」
アンリさんの背中から、逆さに持ち上げている俺の頭頂部に、アンリさんの足……多分かかとが当たる。
結構痛いけど我慢できないくらいじゃないし、それで離すわけにはいかない。
「ふーっ! ふーっ! あぁぁぁぁ!!」
「っと……! まだですかレッタさん! 結構、痛いんですけど!」
「……」
暴れ続けるアンリさんを逆さに持ち続けながら、後ろで止めるための何かをしているはずのレッタさんに呼びかける。
が、そのレッタさんからは返答がない。
集中しているのか? 体のあちこちにアンリさんの手足が当たって痛いし、できれば早くしてほしいんだけど……!
でも、ここで手を離したり、本当にパイルドライバーを決めてしまうわけにはいかない。
床は石で硬いし、正気を失っている様子のアンリさんは、防御という感覚も忘れているらしく、頭を強打するだろうから危険だ。
だったら、もう少し安全な方法で抑えればとも思うけど……咄嗟の状況だったから仕方ない。
捕縛術とか知らないし、あの時もっと抑えやすい方法にするため、体勢を変えようとしていたらアンリさんがレッタさんに突進していただろうから。
それだけ、アンリさんの力は強く俺にもあまり余裕はなかった。
俺自身の力には余裕があるけど、最初に受け止めた時点であまりいい体勢とは言えなかったからね。
……人を取り押さえる方法とか、誰かに教えてもらっておいた方がいいかもしれない。
「がぁぁぁぁ! ふーっ! あぁぁぁぁ!!」
「リク様、お手伝いいたします!」
「っ!?」
意味をなさない声を発するアンリさんの足の動きが、唐突に止まる。
何が? と思っていたら、事の成り行きを見守っていた女性ギルド職員さんが、縄で縛ったらしい。
どこに持っていたのか……というのは最初からで、アンリさん達との話次第では拘束する可能性もあったからだけど、ともかく人の腕程もある分厚い縄を投げて、アンリさんの両足に巻きつけたみたいだ。
「ありがとうございます!」
驚いたけど、とりあえず足がおとなしくなっただけでもかなり助かるので、ギルド職員さんにお礼を言った。
ご丁寧に、両足を畳んだ状態でがっちり縄が巻き付けられているから、もうかかとが俺の頭に振り下ろされる事はなくなる。
というかあの状態で、こんな的確に拘束できるとは……ギルド職員さん恐るべし。
「いえ……! ですが、さすがに腕の方は難しそうです!」
「足だけでも十分です! 両足が畳まれているのも助かります!」
「まぁ、偶然なんですけど……でも、くっ……!」
偶然なんだ……そりゃそうか。
暴れている人の足を、的確に畳むように縛るなんて咄嗟にはできないか――。
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