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モニカさんの不安と恐怖
しおりを挟む「そうじゃないの。確かにあの光景には、恐怖を感じた人も多かったみたいだけど……私が怖かったのはそこじゃないの……」
「え?」
俺がモニカさんの頭を、髪を撫でる事を嫌がらず、けど俺の言葉を否定するように小さく首を振ったモニカさん。
とりあえず、触れる事を許してくれたみたいで良かった。
女性に俺から触れる機会なんて、これまでほとんどなかった事だ……心臓が口から出るんじゃないか、なんて月並みな考えが出る程うるさく、激しく鼓動している。
「本当に怖かったのは、リクさんがどこかへ行ってしまうんじゃないかって。リクさんがリクさんじゃなくなって、私達の……私の所にはもう戻ってこないんじゃないかって思ったの」
「モニカさん……」
以前から、何度か俺がどこかへ行ってしまうんじゃないか……という話をモニカさんからされていた。
多分モニカさんなりの、不安の表れなんだろうと思う。
「どうしても、リクさんの足手まといになるのはわかっているの。けど、なんとかついて行こうと思って、冒険者になって……必死で訓練して。それなりに戦えるようにはなったけど……それでも、やっぱりリクさんには敵わなくて。いつ置いて行かれるかって。リクさんが、そんな人じゃないっていうのはわかっているつもりだけど……」
モニカさんの事を足手まといだなんて、思った事は一度もない。
魔法を使ったり、魔物と戦ったりするのは俺一人でもできると思う事が多いけど……でも、それ以外にできない事が俺には多過ぎるから。
冒険者として、街や村を離れて活動する際の野営だって、モニカさんだけでなくソフィー達がいなければ、一人寂しくどころか、食事もまともにできないだろう。
良くても、携帯食で一日程度耐えるくらいだね。
それ以外にも、多くの事でモニカさん達には助けてもらっている。
それこそ、俺一人、もしくはエルサと俺だけだったら、今もこうしていられるかどうかわからないと、真剣に思う。
今回のような事に関わらず、意識が飲み込まれるなんて事にならなくても、だ。
「ごめ……ごめんなさい。こんな事を私が言っても、リクさんは困るだけなのに。私がリクさんの足かせみたいになっちゃわないかって。でもどうしても、我慢できなくて……」
「うん、大丈夫。大丈夫だから。モニカさんが思っている事を言ってくれていいから」
俺が頭の中で考えている間にも、モニカさんは俯いたまま涙をポタポタと落として、吐露する。
これまでずっと、そんな事を考えて一緒にいてくれたのか。
嬉しい……と思ってしまう部分もあって、モニカさんには申し訳ないけど……でもそれはどれだけ辛い事だっただろうか?
モニカさんだけでなくソフィーとかもそうだけど、冒険者として一緒にいてくれるのが当然のように感じて、どういう思いでいるのかなんて考えていなかった。
鈍感、というより無神経だったのかもしれない。
当然だと思っているからモニカさんの悩みに気付かず、言葉にしないからモニカさんも不安で悩んでしまう。
さすがに全て俺が悪い……と思う程自虐的ではないけど、俺が気にしなさ過ぎたのが理由の一つなのは間違いないだろうね。
「リクさんとこれからも冒険者として……いえ、そうじゃなくても隣にいたいの。リクさんがどこかへ行ってしまわないように、もしどこかへ行ってしまっても、必ず戻って来てほしいと思ってしまうの」
「うん、うん。そうだね……」
これがどういう意味なのか、いくらこれまで考えていなかった俺でも、なんとなくわかる。
モニカさんが言っている事はつまり……いや、あくまでなんとなくだから推測するのは止めよう。
まだ、モニカさんがはっきりとそう言ったわけじゃないんだから。
でもいずれモニカさんが言葉にしやすいように、それかモニカさんから俺がその言葉を引き出す事ができるように……このまま、涙を流させているわけにはいかない。
「怖かった……怖かったの。もう、リクさんに会えないんじゃないかって……だから必死で、皆を巻き込んで結界を破って……リクさんの所に。負の感情っていうのに、体を乗っ取られてたリクさんを見て……」
「……」
俺が意識を取り戻すまで、モニカさんとエルサがとても筆舌に尽くしがたい言葉を発していたのは覚えている。
半分以上罵倒になっていたけど、あれはモニカさん自身が今言ってくれているような恐怖から、逃れるためだったのかもしれない。
それか振り払おうとしていたのか。
どちらにせよ、あれがあったおかげでこうして俺は無事に戻って来れた。
いつもいつも、モニカさんには助けてもらっている。
なのにこのまま、モニカさんに言わせるだけじゃいけないよね。
今度は、俺がモニカさんを安心させる番だ。
頭の中で決意して、ずっと撫でていた手をより一層優しくなるよう心掛けながら、俯くモニカさんの髪をすくように撫でる。
「……リクさん? こんな事、リクさんは言われても困るだけよね……ごめんなさい」
撫でる動きが変わった事に気付いたモニカさんだけど、ネガティブスパイラルとでも言うのだろうか、いつもは前向きなモニカさんもこの時だけは、不安を前面に出して言葉にしていた。
違うんだよ、モニカさん。
「違うんだよ、モニカさん」
考えている事を、そのまま口に出してモニカさんに伝える。
俺から否定されたと思ったのか、一瞬だけモニカさんの体がビクッと震えるのが、撫でる手から伝わってきた。
「リク……さん?」
「全然、困るなんて事はないんだ。そもそもモニカさんが足手まといだなんて、思った事もないからね」
「でも……」
できる限り優しく、吐露してくれたモニカさんの不安や恐怖を否定するように、そんな事は起こらないしあり得ないと伝えるため、言葉を紡ぎ出す。
それでもモニカさんは、涙を落とし続け、心は晴れない様子。
だったら……慣れない事ばかりで、上手くできるかわからないけど今自分にできる精一杯を、モニカさんの不安を消し去るために。
「モニカさん、顔を上げて。大丈夫だから」
撫でている手を横にずらし、もう片方の手を反対側に添えて、モニカさんの頭……というより顔を包み込むようにしながら、顔を上げるように促す。
俯いてたままだと、とめどなく涙が流れ、落ちてしまうから。
「リクさん……?」
「ほら、俺の顔を見て。どうかな? これが困っているように見えるかな?」
俺の言葉と両手に促されるように、顔を上げるモニカさん。
そのモニカさんの顔を、目を真正面から受け止め、見つめ返す。
「リクさん、笑っているわ」
「うん。こうして、モニカさんの言葉を聞いて、不安や恐怖を聞いて嬉しかったからかもしれない」
「嬉しいなんて……」
ほとんど意識していなかったけど、俺は笑っていたらしい。
でも当然だよね、こうしてモニカさんの思いを聞いて嬉しいと思ってしまっている俺がいるんだから。
泣いて、涙を流して不安を吐露している女性を相手に、嬉しいとか我ながら性格が悪いと思うけど。
それだけ、モニカさんが俺の事を考えてくれていると、鈍感で無神経な俺に気付かせてくれたからかもしれない――。
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