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英雄の到着
しおりを挟む何かの影が、視界に入り込む。
それは、俺が構えている盾の向こうで光を放っている不思議な物を数度振った。
「……は?」
「な、何が……?」
「ど、どうなっているんだ?」
自分でも間抜毛だなと思う声が漏れる。
後ろからは、逃げ遅れたのか先程の声に足がとどめられたのか、ヤンと元ギルドマスターのものと思われる声が聞こえた。
構えていた衝撃は一切なく、聞き覚えのある声と共に飛び込んできた影。
翻るような光が、構えたままの盾の向こうから微かに見える。
あらゆる覚悟を決めていた俺の思考……そして体どころか盾、魔法鎧は無事だ。
亀裂は入ったままになっているが、盾が壊れているなどという事はなく、その大きな姿で俺を内側に留めている。
「ふぅ……こっちのヒュドラーは、首の数が少な目だけど頭がいいのかな? 岩石とかの後ろに、さらに氷の塊や酸を仕込んでいるなんて……」
盾の向こうから、頼もしいようでいてどこか頼りない少年の声。
聞き覚えがあるどころか馴染みのある声が聞こえる。
「……この声、やはりリクなのか?」
「あ、マックスさん。危ないところでしたけど、なんとか間に合いましたね!」
「お、おま……!」
確かめてみると、俺の名を呼びながらタワーシールドの端からひょっこりと顔を見せたのは……少年でありながら、英雄と呼ばれる男、リクだった。
迫る脅威への覚悟とか、ギリギリの戦いを耐え忍んでいた緊張感、そしてリクの顔を見た安心感など、他にもいろんな感情がない交ぜになり、上手く言葉が出ない。
「危なかったですね。今、岩石やあっつい溶岩石に隠すように、さらに氷の塊と酸も飛ばして来ていたので……岩を受け止めても、特に酸がかかったらこの盾はひとたまりもなかったかもしれません」
「いや……それ以前にだな……」
あっけらかんとした物言いに、さらに上手く言葉が出なくなる……そもそも、氷の塊とか酸以前に岩石などで盾が壊れそうだったのだが……。
俺と同じく、後ろにいるはずの二人も呆気に取られている気配が漂っている気がする。
……振り向けないので、気がするというだけだが。
「ん? おっと……ガルグイユも、魔法を仕掛けてきているのか。ちょっと厄介でしたね」
「え、あ、あぁ……そうなんだが、リク。今お前は何を?」
力が抜け、盾をずらしてリクの姿を正面から捉える。
その瞬間、俺達は気付かなかったのだが、リクが頭上から降り注ぐ魔法に気付いた。
数度、リクが持っている光を発する剣を振っただけで、その降り注いだ魔法……火球などが掻き消えた。
斬った、とかそういうわけではない、掻き消えたんだ。
そもそも、魔法を斬っても物質的ではない魔力の塊である以上、消す事はできない。
打ち払う事はできるが、現象として発生している以上剣で斬っても魔法その物をなかった事にはできないからだ。
例えば、火球や炎を斬った場合は、剣圧で燃える炎の勢いを割る事はできるが、火そのものは燃え盛っているままだ。
他にも氷の塊などは、氷その物はなくならないので周囲に散らばるし、風の刃だと刃の切れ味を失くさせる事くらいはできるが、風そのものは既に発生しているわけだ。
つまり、今リクがやった事は単純に斬る、というだけでなく魔法に対して何か仕掛けたという事でもある。
炎に対し水で消火……のような事ならわかるのだが、複数種類の魔法、それも火球だけでなく氷や風などといった魔法をまとめて消すなんて不可能だ。
リクの持っている、輝く剣に何かあるのだろうか? いや、それしか考えられない……リク自身が魔法を使った気配もないわけだからな。
「ん、あぁ、この剣ですか。よくわからないんですけど、いつも使っている剣の剣身が割れたら、こうなりました。魔力を吸収する事ができるみたいなんです」
「魔力を吸収? いやその前に、剣が割れた?」
剣が折れた、というのならよく聞く話だが……割れるとは一体どういう事だ?
リクが使っていた、魔力を吸い取られて常人では持つ事さえ難しい剣は黒く、今の剣とは確かに違うのは間違いない。
ただ、リクが握っている柄などには見覚えがあるどころか、これまで使っていた剣と同じ物だ。
しかし割れる……剣身が割れるのなら、その剣はもう使い物にならなくなるだろう。
なのに、光を発する剣になるとは一体……? さらに、魔力を吸収するとも言っていたな。
魔力を吸収? だから、先程の魔法を斬る事で消失させたという事か?
わからん、リクが言っている事は一応頭では理解しているのだが、どうしてそうなるのかが一切わからん。
「リ、リクさん。魔力を吸収したら、魔法が消えてしまうのですか?」
後ろにいたはずのヤンが、いつの間にか俺の隣に来て体を……いや、手をワナワナと震わせながら、リクへ問いかける。
手を震わせる気持ちはよくわかる。
リクのやっている事、言っている事は、これまで俺達が当たり前と思っていた事を覆しかねないのだから。
……魔法は現象として発生している以上、発動後に魔力が尽きてもその現象そのものは消えないのだ。
「その声と、籠手に付いた剣からすると、ヤンさんですね。えっと……ここに来るまで、何度もガルグイユや他の魔物から魔法を受けて……その度に結界で防ぐのも面倒なので、途中から剣で斬り払うようにしたんです。まぁ、俺も消せるとは思っていなかったので、斬り払う事ができる魔法だけですけど」
おそらく、リクがヒュドラーを倒した後ここに到着するまでに、無数の魔物に襲われている。
それは魔物達がひしめく場所から来ているのだから当然だ。
魔物達からも魔法を受けるのは必然だが、だからと面倒になって防御を捨てて剣で斬る事にするとは……。
氷の塊などなら、矢などと変わらず斬り払って無効化する、というのはわかる……当然ながら、斬った後の破片などは周囲に散らばるが。
「ギギャー!」
「おっと……さすがに、これは熱いかぁ」
「ほ、本当に剣で消しているんだな」
呆気に取られている俺達に、再び攻撃の溜めが終わったヒュドラーが炎を吐き出す。
その炎に対し、リクは剣先を触れさせるだけで自身にも、そして俺達にも炎が達する事なく消失していく。
剣先に触れた炎が消える……撒き散らされているので、確かにリクが言う通り熱波が渦巻いているだろうが……魔法鎧のおかげで、リクほどには熱さを感じていない。
「俺も驚いたんですけど、こんな風に魔力を吸収させるだけで魔法が消えるんですよ。だから、さっきマックスさん達に向かって吐き出されていた酸も、剣で触れれば効果どころかその物がなくなりました」
「酸も……だと……?」
酸は液体で、金属だけならず物体に対しての天敵とも言える。
程度にもよるが、少なくとも元ギルドマスターに負傷させたのを見る限り、強固な魔法鎧すら簡単に融かしてしまう物。
いくら消せるからと言って、剣でどうにかしようと俺なら思わない……通常で考えると、剣が錆びるならマシ、場合によっては融かされて使い物にならなくなるだろうからな――。
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