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突出する二人の獣人
しおりを挟む「一部……いえ、二人の獣人が指示を無視して突撃し、引かぬのです。まだ門の内側に全員が引いたわけではないので良いのですが、退避が終わった時に門を閉めるまでに戻って来るか定かではありません。冒険者達が多く、こういった全体で合わせた動きは苦手な部類で少し遅れ気味でもありますが……」
「獣人、二人……」
東側の兵士さん達は訓練されているし、一部マックスさんのように元冒険者が混じっているとはいえ、集団行動ができる人達だ。
けど、こちらは冒険者……少人数での行動ならともかく、大人数での集団行動に慣れていない人ばかり。
多少遅れるのは仕方ないにしても、引かずに戦い続ける二人の獣人か……もしかしてだけど。
「それって、アマリーラさんとリネルトさんじゃないですか?」
「おぉ、そういう名でしたな。侯爵様からこちらの防衛に当てられた者達のうち、二人です。魔物達に突撃しても、確実に戦果を挙げて無事に戻って来る実力者ではあるのですが」
やっぱり、アマリーラさん達の事だった。
シュットラウルさんは、アマリーラさんが集団での連携が苦手とは言っていたけど、こういった作戦や指示に従わない人ではないはずなんだけどな。
元ギルドマスターは、その二人がまだ門の外にいる状況で、他の人達が内側に入った段階で門を閉めていいのかどうか迷っているみたいだ。
二人のために、多くの人を危険に晒すわけにもいかず、さりとてこれまで活躍してくれた二人を見捨てるような事もできず……ってとこかな。
「わかりました。二人とも知り合いなので、何かできないか考えて見ます。えっと、どこにいますか?」
「よく見れば、すぐに見つかります……ほら、あそこですね」
「あー、確かに……」
もしかしたら、俺から言えばちゃんと引いてくれるかも? という考えから、アマリーラさん達の事を請け負う。
どこに突撃しているのかと思えば、魔物達が群がって一番密集していそうな真ん中付近で、一瞬おきに魔物が空を舞ったり、一瞬だけ空間が空いたりしている部分があった。
二人が戦っているからだろう……すぐに周囲の魔物が押し寄せて、空いた空間などは塗りつぶされてしまっているけど。
「それじゃ、あっちはなんとか……うーん、近付けるかな?」
「あんまり近寄り過ぎると、うじゃうじゃいて気持ち悪い魔物が飛んできそうなのだわ。……結界を壁にしても、触りたくないのだわー」
「気持ち悪いって……まぁわからなくもないけど。でも二人をこのままにしてちゃいけないからね。できるだけ近付いてもらえる?」
「はぁ……仕方ないのだわー」
「頼みましたぞ、リク様!」
気持ち悪いというエルサの言葉はよくわかる……魔物達が密集して黒く染まる平原は、蠢いていて一つの生物のようにも見える。
エルサじゃなくても、あの中に飛び込んだりすると考えるだけで鳥肌ものだね。
……アマリーラさんとリネルトさんは、よくあんな所に突撃して入り込めたなぁ……まぁ、上から見なければそうでもないのかもしれないけど。
とにかく、二人があんな所にいたままじゃ殲滅するために、何かをしようにも巻き込んでしまう可能性……どころか確実に巻き込んでしまう。
元ギルドマスターも困っていた様子だし、知らない二人じゃないから巻き込みたくない。
まぁ、知らない人じゃなくても巻き込みたいとは思わないけど。
とにかく、溜め息を吐いたエルサが了承し、手を振る元ギルドマスターやアンリさんに見送られて、アマリーラさん達が戦う場所へ向かった。
「貴様らなんぞに! 貴様らなんぞに!」
「アマリーラ様落ち着いてぇ」
「これが落ち着いていられるか! 私達が不甲斐ないばかりに……いや、こいつらが絶えず押し寄せるから、リク様の手を煩わせるのだ!」
近づくと、豪快に剣を振り回して魔物達を空に舞い上がらせながら叫ぶアマリーラさん。
随分荒ぶっておられる。
それをなんとか宥めようとするリネルトさんってとこかな……的確に、アマリーラさんや自分に近付く魔物を寄せ付けないよう、素早く動いているのはさすがだ。
……二人共、特にアマリーラさんは、俺の想像通りの戦いぶりだなぁ……っと、見ているだけじゃいけないな。
「おーい、アマリーラさん、リネルトさーん!」
「ふんっ! これしきで私をどうにかできると思うな! せやぁ! むぅん!」
「……聞こえてないなこりゃ」
数メートルくらいの距離で、アマリーラさん達に声を掛けたんだけど……戦闘に夢中で気付いてくれない。
すぐ上を見てくれたら、エルサに気付いてくれるはずなんだけどなぁ。
アマリーラさんは豪快に、振り下ろされるオーガの腕を片手で掴み、力任せに他の魔物に投げ飛ばした後、剣を振り回して別方向の魔物を斬り裂く。
オーガの腕を掴んだのもそうだけど、投げ飛ばすのは中々迫力があった……小柄な体のどこにそんな膂力があるのか謎だ。
なんて事は、俺が力任せに戦っている時に他の人が抱く感想でもあるかもしれない、なんて今更ながらに考える。
……おっと、観戦しながら考え込んじゃいけないな。
「エルサ、結界は解いてる?」
「もちろんだわ。向こうの声が聞こえるのだわ?」
「聞こえるね。それじゃ、純粋にアマリーラさん達に聞こえていないだけか……ふむ」
「っとと、アマリーラ様には近付けさせないよぉ!」
「ほらほらほらほら! そんな程度でリク様を害しようなどと、甘い甘いぞぉ!」
結界は完全に包んでしまうと音も遮断するので、エルサが飛ぶ時に張る結界が原因で向こうに聞こえないかと思ったけど、違うか。
アマリーラさん達の声も聞こえるからね、こちらの声が届かないなら向こうからも聞こえないはず。
となると、どうやって戦闘に集中……夢中? ハイになっているアマリーラさんに気付いてもらえるか。
……でもアマリーラさん、シュットラウルさんに雇われているんだから、そこは俺じゃなくシュットラウルさんの名前を出していた方がいいんじゃ?
それか、センテの住人を……とか?
まぁ、数が多いだけで魔物自体は強いと言えるのがいないから、アマリーラさんの言っている事は正しくもあるんだけど。
「……よし、強制的に隔離しよう! そうしたらきっと気付いてくれるはず!」
「無理矢理なのだわ……でも、そうしないと止まらなさそうなのは確かなのだわ」
「あはははははは!! リク様のため、リク様のため、リク様のためっ……!!」
「……アマリーラさん達がやられるとかよりも、あのまま放っておく方が怖いからね」
魔物とアマリーラさん達を隔離する事で、落ち着いてもらう事に決定。
リネルトさんはわりと冷静に見えるんだけど、アマリーラさんはもう見ていて怖い。
必死と言うより鬼気迫る表情だし、叫んでいる言葉はまるで狂信者。
変な方向性に目覚める前に、なんとかしないと……もう手遅れかもしれないけど。
「んー……今だ、結界!」
空からタイミングを見計らい、魔物とアマリーラさん達の間に少しだけ空間ができ、二人が離れていない瞬間を狙って、結界を発動した――。
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