上 下
1,030 / 1,897

模擬戦だけでは終わらない

しおりを挟む


「なんにせよ、これで下の者達はリク殿から絶対的な相手と対峙する恐怖を植え付けられ、今まで以上に訓練に打ち込むだろう。ユノ殿に教えられた者達から、次善の一手という素晴らしい技の伝授もある事で、全体的な戦力向上が見込めるな」
「恐怖を植え付けられって……そんなつもりではなかったんですけど。まぁ、確かに兵士さん達は途中から絶望した表情になりましたけど」
「絶望や恐怖を、命の危険に晒されずに体験できるのは貴重だぞ? 二度とそのような状況にならぬよう、必死に訓練に励むだろうしな。まぁ……辞める者も出そうだが」
「そのような者は、最初から兵士に向いていなかったのです」
「……厳しいかもしれんが、その通りだな。数が減るのは避けたいが、先の事を考えると兵士としての役目を担うのは厳しいだろう」

 先の事……シュットラウルさんが考えているのは、おそらく戦争の事。
 絶望的な相手と戦うと決まっているわけじゃないけど、それくらいの恐怖から逃げない兵士の方が、後々頼りになるだろう。
 というのは、軍事方面に詳しくない俺でもわかる。

「ですがシュットラウル様、おそらくここにいる兵士達にその懸念は見られないかと」
「ふむ、そうか? 先程リク殿が木剣を使ったという話で、恐怖していた者達だが?」
「その絶望や恐怖を与えた相手は、自分達の味方になるのですから。リク様は国の英雄……敵ではなく味方だと考えると、これほど心強い事はありません」
「確かにな……」

 厳しい事を言っていたアマリーラさんだけど、兵士さん達の事を信じているのかな? と思いきや、俺に関する事だった。
 まぁ、確かにここにいる人達の敵になるつもりはないし、もし帝国と戦う事になればどちらの味方に付くかは決まっている。
 英雄とか関係なく、魔物を使って何もしていない人達……むしろ、何もできない人達を害そうとしているのは許せないからね。
 冒険者だから、兵士さん達の完全な味方とは言えないかもしれないけど、少なくとも本気で戦う事はないはずだ。

 頷いて納得するシュットラウルさんだけど、一部の兵士さんはそれでも不安そうな表情をしていたりする。
 本当に辞める人がいないのかどうか、俺にはわからないけど……できれば少ない事を期待したい。
 多くの人が辞めたいと言い出したとか聞いたら、訓練でもやり過ぎてしまったと後悔しそうだからなぁ……。


 そんなこんなで、模擬戦も終わったし後はユノが次善の一手を教える訓練が終わったら、今日のところは終了かな? と思っていたら、まだあるらしい。
 大体一時間程度の休憩を挟んだ後、今度は大隊長さんを始めとした隊長格の人達を全員集めての会議。
 会議と言っても、横並びのシュットラウルさんと俺、ユノとアマリーラさんの前に隊長さん達が整列している状態だ。

「模擬戦の余興も終わり、兵士達も十分に休んだだろう。本来の訓練に入る。大隊長、準備の程は?」

 え? 模擬戦って余興だったの?

「はっ! 我々以下五百名の兵士全員、準備はできております。模擬戦の疲れもありません。リク様が加減して下さったおかげか、多少の痛みを残している者もいますが、戦えます」
「うむ。ではこれより、演習を開始する」
「「「「はっ!」」」」

 え……演習? あれ? さっきの模擬戦で訓練は終わりじゃ……いや、演習は訓練と違って、演習だから演習で……あれぇ? 

「む、リク殿、どうしたのだ?」
「えっと……演習なんて聞いていないんですけど……?」
「うむ……そういえば言っていなかったか。元々は、そちらで考えていたのだよ。モニカ殿達も参加すると見込んでな。まぁ、実際には調査の依頼で今日はいないわけだが……模擬戦の様子などを見る限り、リク殿とユノ殿の二人でも十分だと感じたのでな。幸い、兵士達も模擬戦で大きな怪我はなく、疲れもそれほどではない様子だった。リク殿も同様に疲れていない様子だし……何より……」

 予想していなかった事に、頭の中で混乱していた俺の様子に気付いたシュットラウルさんが、話していなかった事をすまなさそうにしながら説明してくれる。
 模擬戦では、ほとんどの兵士さん達をすぐに弾き飛ばしたから、確かに疲れは少ないだろうし俺もあんまり疲れていないけど……。
 こんな事なら、もう少し兵士さん達が疲れるような戦い方をした方が良かったかも? それこそ、もう少し強く木剣を打ち付けるとか……いやいや、あれ以上は内臓も危険になりかねないから、あれくらいで良かったと思うけど。

「私がやりたいって言ったの!」
「え、ユノが?」

 シュットラウルさんが最後に少し言い淀んだ後、手を挙げて楽しそうに言い放つユノ。

「リクが皆に訓練をするだけじゃなくて、リクも経験しておいた方がいいの。参加するかしないかは、私じゃなくてリクが決める事だけどなの」

 ユノが参加って言っているのは、多分戦争にって事だろう。
 訓練……演習だから本当の戦争とは違うものだろうけど、想定して行われるものだから、近い体験はできるって考えかな?

「ユノ殿と、次善の一手を指南している時に話したのだ。こちらも、規模の大きい演習ができるからな。まぁ、リク殿が断るのであれば、兵士を半々に分けての演習にするつもりだがな」
「うーん……ユノが言っているなら、俺にも必要な事なんだと思いますけど……」

 演習かぁ……それってさっきまでの模擬戦と違って、一対一ではなく多数の兵士さんが向かって来るって事になる。
 まぁ、魔物相手には何度か経験した事だけど……。

「手加減できるかが、ちょっと不安ですね」
「っ!」

 俺が呟くと、大隊長さん含め話を聞いていた隊長格の人達の体が硬直したような気がする……。
 演習なのだから、相手の命を取らないように注意しなければいけないのは、当然の事だ。
 模擬戦よりも怪我をさせる可能性は高いけど、ある程度の怪我なら俺が治せるし、兵士さん達やシュットラウルさんも織り込み済みだろう。
 でも、一度に来られたら上手く加減ができるかどうか。

「ふむ、確かにな……二名対五百名の演習ともなれば、加減は難しいか」
「ん? ちょっと待って下さい、二名対五百名……ですか? その、二名というのはもしかして?」
「もちろん、リク殿とユノ殿だ。まぁ、ユノ殿と話した限りでは、戦うのはほぼリク殿と言われたが」
「え……それじゃあ実質一対五百じゃないですか。さすがにそれは……」

 五百名の兵士さん……規模で考えれば、ヘルサルなどの魔物の大群よりも数は少ないし、やろうと思えばなんとかなる、と思う。
 けどそれは、加減を考えずに相手を殲滅するならばだ。
 さすがに、その規模で多少の怪我で済ませられる自信は俺にはない……エアラハールさんとの訓練で、剣の加減はある程度できるようになったけど。

「大丈夫なの。リクがやりすぎそうな時は私が止めるの。それと、魔法は特定の場合のみ、防御をするための結界を少しだけ使う程度にするの。だから、私はリク側にいるけど戦うのはリクで、私は見守っておくの」
「……それって、ユノの注意を聞きながら、俺一人で兵士さんを相手にしろって事じゃないか」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...