856 / 1,903
元ギルドマスター来訪
しおりを挟む忙しさが続く獅子亭の中で、タフなマックスさんやマリーさんはなんとか大丈夫そうだけど、俺達が手伝っていても、ルギネさん達の方は結構疲れてきていたからね。
そんな中、昼営業前の仕込みを始めるまでの時間で、マリーさんが十人くらいの人を連れて仕入れから帰ってきた。
「よろしくお願いします!」
「短い時間だけど、頑張りますわね」
「一生懸命、働きます!」
などなど――マリーさんが連れてきた人達は、それぞれがそれぞれの意気込みを持っている様子。
以前から予定していた、交代要員というか……人手の補充という事らしい。
ただ、昼だけの短時間だったり夜だけだとか、一日ずっと働けるという人もいたりで、調整が大変そうだなぁ……そこの辺りは、マリーさんに任せるしかないけど。
新しく来た人達は、全員がいきなり働けるわけでもないので、各自にある程度働く上での要領を説明した後、数人に分けてまずは手伝いという形で働いてもらう事になった。
早い話が、研修期間みたいなものだね。
いきなり、何も知らないのに忙しい時間帯を任せてもお店が回らなくなるだろうから、少しずつ教えて行く事になっている。
厨房の方は、料理を任せられる人がいないのでまだまだ人手不足だけど、そちらにも手伝いとして二、三人が入る事になった。
やる事は皿洗いや、食材の皮むきなど俺がよく手伝っていた事ばかりだけど……その事に関して、マックスさんは……。
「こうでもしてリクのやっている事を代わらないと、いつまでもここで手伝われちまうからな。まぁ、料理は少しずつ教えるとして、リク達は好きな時に街を離れればいい」
なんて言われてしまった……お世話になっているマックスさん達を、少しでも楽にさせるためにと思って手伝っていたんだけど、逆に気を遣わせちゃったみたいだ。
まぁ、邪魔にはなっておらず、助けに慣れたのは間違いないだろうと思うから、それで満足しておこう。
そうしてさらに数日、少しだけ新しく雇った人達が慣れ始めた頃……。
「たのもー!」
「ん!?」
「あぁ、来たか。あいつはいつもこうやって訪ねて来るからな。慣れないと驚くが、わかりやすい」
獅子亭で朝食を食べている時、店の入り口から響く威勢のいい声……つい最近、聞いた覚えのある声だ。
ドアを勢いよく開けて声を響かせたので、俺もそうだけどモニカさん達も驚いている。
動じていないのは、マックスさんもそうだけどマリーさんやルギネさん達も、落ち着いている様子……最近獅子亭を手伝っている俺達以外は、慣れているみたいだ。
「あ、まだ朝食を食べている最中でしたか。申し訳ありません、リク様」
「あー、元ギルドマスターだったんですね……」
「店が忙しいのを気遣ってか、食べに来る時以外は大体このくらいに来るんだ。まぁ、最初は俺以外の皆も驚いていたけどな」
「最初は驚いたが、以前は毎日のように来ていたから……さすがに慣れる」
「時折、仕入れの荷物持ちも買って出てくれるのよ。最近はセンテからの仕入れ以外に、ヘルサルで仕入れる量も多いから、助かるわ」
俺達がまだ朝食を食べている最中だと気づき、威勢よく入ってきたのはなんだったのかと思う程、ペコペコし始める元ギルドマスター。
そういえば、他の筋肉おじさん達と違って、元ギルドマスターは腰が低い人だったね……農園でも筋肉を見せつけるまではそうだったし。
マックスさんが言うには、お客さんとしてじゃない時は獅子亭が忙しい時間帯を避けて、こうして訪ねて来るらしい。
まぁ、お客さんで来ても、忙しくて落ち着いて話せないからだろう。
仕入れで持って帰る食材を手伝ってくれる事もあるらしく、マリーさんは助かっているらしいし、毎日さっきのような感じで来られたら、ルギネさんのようにいやでも慣れるか。
今は毎日来なくなったのは、農園での仕事を始めたからだろう……ギルドマスターだった頃は暇だったとかではなく、農作業って朝早くから取り掛かる事が多いみたいだからね。
「何度か、冒険者ギルドであった事があるが、そちらの四人でですね、リク様?」
「えぇと……はい、そうです」
元ギルドマスターが、ルギネさん達リリーフラワーを一瞥して確認したのに、頷く。
尋ねてきた理由は、俺が頼んでいたルギネさん達の訓練に関してだろう。
獅子亭を手伝っている合間に、アンリさんを通してルギネさん達にも確認し、元ギルドマスターとの訓練に対する承諾を得ている。
割とマイペースで、何を考えているのかわからない事の多いミームさんが一番乗り気だったのは驚いたけど……ルギネさんも賛成した。
まぁ、アルネが言っていたように、アンリさんから俺の提案を話した時は、冒険者と美味しい料理が出る獅子亭の従業員の狭間で悩んだみたいだけど……人手に余裕ができてきたあたりで、どちらかを選ぶんじゃなくて、両立させれば問題ないと前向きに考えたみたい。
……お金を貯めて、ヘルサル以外の場所へ移動して冒険者として活動するという話は、どこへ行ったのかと疑問に感じなくもないけど、獅子亭の料理を食べて虜になったんだと思っておこう。
元ギルドマスターとの訓練を通して、今までのように冒険者として活動するように考えるなら、それでもいいからね。
「ふむ……確か、Cランクのリリーフラワー、だったか。冒険者の活動としては、堅実に依頼をこなすと評判がいい。他の冒険者と揉める事も多く、周囲に被害をもたらす場合もあり、問題視されているパーティだな……」
「うっ……でも、被害を出すのは大抵アンリが大斧を振り回すからで……いえ、パーティの責任はリーダーである私にもあり、ます……」
「あらぁ?」
元ギルドマスターとして、ヘルサルにいる冒険者の情報はある程度知っているんだろう、ルギネさん達を見ながらギルドでされていた評価を口にする。
他の冒険者と揉めたり、周囲に被害、のあたりでルギネさんが怯みながらも言い訳をしようとしたけど、マリーさんに視線を向けられて反省した……アンリさんは不思議顔で首を傾げるだけだけどね。
マリーさん、俺からは見えないけど多分ルギネさんを睨んでいたんだろうなぁ……パーティとしてとか、冒険者の心構えとか、気にする人だし。
あと、モニカさんは何もしていないんだから、震えなくていいと思うよ?
「……元ギルドマスター、その情報最近知ったな?」
「え、そうなんですか?」
「くっ、マックス殿とリク様に隠し事はできんか……さっき、ここへ来る前にヤンを掴まえて、聞き出してきた」
「だろうと思った。元ギルドマスターが、仕事をしていないわけではないと思うが、鍛える事にばかり興味を持っている人間が、ギルドを離れても冒険者の事を覚えているわけがない。そもそも、ここに来ている時に何回も合っているのに、冒険者として見てすらいなかったからな」
「……あなたも、人の事言えないでしょう?」
「うっ……」
マックスさんが元ギルドマスターに対して、胡散臭そうにしながら疑問を投げかけると、あっさり白状した。
ヤンさん、朝早くから元ギルドマスターに襲撃……もとい、情報を聞かれたのか……寝起きを叩き起こされたとかではないといいけど――。
0
お気に入りに追加
2,153
あなたにおすすめの小説
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~
暇人太一
ファンタジー
大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。
白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。
勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。
転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。
それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。
魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。
小説家になろう様でも投稿始めました。
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる