上 下
741 / 1,903

物理法則の説明は難しい

しおりを挟む


「収拾がつきそうにないわね……。どうするの、リクさん? もう、放っておいて私達だけで先に帰るって方法もあると思うけど?」
「あはは、それも手ではあるね。でも、これだけ皆乗りたがっているからなぁ……それじゃこうしよう!――ヴェンツェルさん……」

 言い合う兵士さん達に、ちょっと呆れた様子を見せるモニカさんに苦笑する。
 確かにモニカさんの言う通り、さっさと俺達だけエルサに乗って帰る事もできるだろうけど、これだけ皆が希望しているんだから無視するのもね。
 それに、なんだかエルサがうずうずしている雰囲気もあるし、乗せる事はともかく、空を飛ぶ楽しさを伝えたいとか考えていそうだ。
 自分の好きな事を、他の誰かに教えたい……とかそういう気持ちなんだろうと思う。

 なので、とりあえずの折衷案を考え、皆が妥協してくれそうな方法をヴェンツェルさん達に伝えた。
 その方法として、まずはヴェンツェルさんだけエルサに乗せて戻る。
 これは、誰も乗らない馬を増やすと移動速度に影響が出るため、最低限で済ますためだね……早く戻らないとマルクスさんに悪いから。
 その後、野営地に戻った後で、兵士さんの中から信頼できる人を選別して、離れた場所で少しだけエルサに乗って周囲を飛ぶ体験会を開催する事。

 信頼できる人というのは、もちろん紛れ込んでいるとか怪しい人物をエルサに乗せないためで、ここに連れて来ている人達はヴェンツェルさんの信頼している人たちだから、全員大丈夫そうだ。
 あと、選別から外れた人から文句が出ないように、別の用があるとして隊を離れ、見えないところでエルサに内緒で乗ってもらうとした。
 これには、エルサの事をしらない研究者達を驚かせないという理由も含まれる……拘束しているから大丈夫だろうけど、変に騒がれるのも面倒だからね。
 結局、後で乗る事ができるならと、兵士さん達が引き下がって、ウキウキ状態のヴェンツェルさんをエルサに乗せて、上空から男達を連行するのを見守りながら帰る事に決まる。
 大柄なオジサンが、ウキウキしながらエルサに乗り込む姿はなんというか……面白いんだけど、あまり人には見せない方がいいんだろうなぁ、としみじみ感じてしまった。


「おぉ~、空から見下ろすというのは、こういう気分なのか……前回乗った時は、初めてで楽しむ余裕がなかったからな。この年で貴重な経験をさせてもらっている。だが……」
「ん、どうかしましたか?」

 ヴェンツェルさんを乗せてエルサに飛んでもらい、上空から地面を走る騎馬の一団を見守りながらゆっくり移動。
 さっさと飛んで戻っても良かったんだけど、一応男達を連行する兵士さん達を見ておくために、いつもよりかなり低空を飛んでいる……結界がなかったら、叫び声くらいは届くくらい近い。
 いつもより遅くとも走る馬と同じ速度が出ているはずだけど、低空とはいえ空を飛んでいるのでなんとなくスピード感が足りない。
 それでも、エルサから落ちないように気を付けながら、地上の様子を見て感心しているヴェンツェルさん。

 前回ルジナウムに食材を求めて移動した時は、モニカさん達が夕食の支度をする時間を十分に取るために、少し急いでもらったから、初めてというのもあって楽しむ事ができなかったんだろう。
 慣れない人が乗るとなると、速度を出して飛んだり高度を高くすると地面がいく見えなくなるから、今の飛び方の方がいいのかもね。
 でも、感心していたヴェンツェルさんは、何かあるのか少し訝し気な声を漏らした。

「いや、飛ぶという事で、もっと他にも何かあるんじゃないかと身構えていたのだがな? それこそ、後ろに引っ張られるような感覚だったり、押さえ付けられる感覚があってもおかしくないと。馬を全力で走らせるとそんな感覚に襲われる事があるのだ。いや……前回乗った時もそんな感覚はなかったのだが、考える余裕が出るとそこが不思議でなぁ」
「あー……」

 多分、重力がかかるという感覚を、ヴェンツェルさんはそう捉えているんだろう。
 車で急加速したり、ジェットコースターに乗った時に全身に押さえつけられような、体が引っ張られるような圧がかかる現象だね。
 馬もそれなりに速度が出るから、それなりの感覚を体験する事はできるんだろうけど、車やジェットコースターのような感覚程じゃないし、物理……でいいのかな?……の法則だとかの知識がないと、あれがどういう現象かはわからないんだろう。
 モニカさんも今更ながらに、ヴェンツェルさんと同じ事を考えたのか、似たような表情で首を傾げている。

 うーん……どう説明したものか……曖昧な説明だと、下手をしたらエルサに乗っている時にジャンプすると、自分だけ置いて行かれるとか考えてしまいそうだし……。
 物理的な事が得意だったりするわけでもないから、どう説明したらいいのか悩むね……まぁ、得意だからって詳しく説明しても、学問として確立されていない話をしても、理解できそうにないけど。
 物理って、深くまで勉強しようと思うと、かなり難しいからね。

「えーと……今、エルサが結界を張ってくれているんですけど、このおかげで飛んでいても風邪を防ぐ事ができます」
「ふむ……結界とはそこまでできる魔法なのか。確かに、馬で走っている時には感じられる風が、全く感じられないな。おかげで快適だが」
「まぁ、不可視の壁を作るわけですからね。見えなくてもそこに存在する物を作る以上、風は通しません。結界はエルサの周囲を覆うように張ってあるので、要は現在エルサを中心にこの場所は結界の外と内側で隔絶されているんです」
「……ふむ」
「そして、エルサの移動に合わせて結界も動かしているので、空間ごと移動しているという事になります。なので、外からの影響は受けずに、圧……えっと、引っ張られるような感覚だったり、押さえ付けられるような感覚はないんです」
「……つまり……どういう事だ?」
「簡単に言うと、部屋ごと移動しているので、その中にいる人間に影響が少ない……と考えておいて下さい」
「うむ……そうなのか……」

 色々な説明を省いた事はわかっているし、本当にその説明が正しいとは言えないんだろうけど……仕方ないじゃないか、こういうのは得意じゃないんだから。
 なんとなくで、こういうものか……という理解くらいしかしていなかったから、ちゃんとした説明をする事ができない……こんな事なら、もう少し真面目に学校で勉強していた方が良かったかなぁ?
 誰か、俺の代わりに解説して欲しい、なんて考えるけど……それはそれで現象に関して数式がどうの……という説明でちんぷんかんぷんな事を言われそうだ、なんて考えるのは、俺の勝手なイメージか。
 姉さんなら、俺より少しは詳しいかなぁ? 記憶している限りだと、成績は良かったはずだし……覚えているかわからないけど。

「まぁ、難しい事はともかく、エルサ様は特別という事だな。結界が便利な魔法だという事もわかった」
「うん、それでいいです……」
「疲れている様子ね、リクさん?」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと難しく考えていた事を後悔しているだけだから……」

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

森だった 確かに自宅近くで犬のお散歩してたのに。。ここ  どこーーーー

ポチ
ファンタジー
何か 私的には好きな場所だけど 安全が確保されてたらの話だよそれは 犬のお散歩してたはずなのに 何故か寝ていた。。おばちゃんはどうすれば良いのか。。 何だか10歳になったっぽいし あらら 初めて書くので拙いですがよろしくお願いします あと、こうだったら良いなー だらけなので、ご都合主義でしかありません。。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

喜んだらレベルとステータス引き継いで最初から~あなたの異世界召喚物語~

中島健一
ファンタジー
[ルールその1]喜んだら最初に召喚されたところまで戻る [ルールその2]レベルとステータス、習得したスキル・魔法、アイテムは引き継いだ状態で戻る [ルールその3]一度経験した喜びをもう一度経験しても戻ることはない 17歳高校生の南野ハルは突然、異世界へと召喚されてしまった。 剣と魔法のファンタジーが広がる世界 そこで懸命に生きようとするも喜びを満たすことで、初めに召喚された場所に戻ってしまう…レベルとステータスはそのままに そんな中、敵対する勢力の魔の手がハルを襲う。力を持たなかったハルは次第に魔法やスキルを習得しレベルを上げ始める。初めは倒せなかった相手を前回の世界線で得た知識と魔法で倒していく。 すると世界は新たな顔を覗かせる。 この世界は何なのか、何故ステータスウィンドウがあるのか、何故自分は喜ぶと戻ってしまうのか、神ディータとは、或いは自分自身とは何者なのか。 これは主人公、南野ハルが自分自身を見つけ、どうすれば人は成長していくのか、どうすれば今の自分を越えることができるのかを学んでいく物語である。 なろうとカクヨムでも掲載してまぁす

処理中です...