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部下の愚痴に付き合う上司

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「将軍、隊長! そっちばかりいい物を食べてズルいですよー!」
「そうですよ! こちらにも少し分けてくれてもいいんじゃないですか!?」
「俺達は訓練なんて必要ありません! 少し、ほんの少しだけでいいので、そちらの料理を!」
「馬鹿者! これはリク殿達の持って来た食材を使っているのだぞ!? 作るのもモニカ殿一人なのだ、ここは上の立場である私が頂き、お前達は我慢するのが当然だろう!」
「えぇー! 我慢ならここに来るまでに十分しましたよ! 食材は……確かに少ないかもしれませんが……」

 美味しそうな匂いのせいなのか、モニカさんの料理を俺達が食べているのがいい物に見えたのか、あちこちから不満の声が上がり、ヴェンツェルさんやマルクスさんに文句が出始めた。
 とは言え、さすがにモニカさん一人で作るのは大変だし、食材も本来は俺達の分しか持って来ていないため、全員分を作って分けるというのは難しい。
 とは言え硬そうな干し肉を噛んでいる兵士さん達を見ていると、何とも言えない気分にもなるね……。
 なんて考えて、食べるのを躊躇していると、ヴェンツェルさんが言い返し、周囲の兵士達と言い合いのようになってしまった。

 我関せずで食べているエルサやソフィー、フィリーナはともかく、俺とモニカさんは止めた方がいいのではと顔を見合わせていたら、マルクスさんがいつもの事なので気にせず……と言われた。
 どうやら、ヴェンツェルさんは身分とは関係なく、一兵卒の人達と距離が近い人らしく、食事時にはよくこうしたやり取りが行われるらしい、食事の質は関係なくね。
 部下達が文句を言ってヴェンツェルさんが叱りつける、というのは日常で行われているらしい。
 そうやって、下の兵士さん達のガス抜きに付き合って不満を吐き出させる事で、兵士達のやる気に繋がっているらしい、とはマルクスさん談。
 
 もちろん、行軍中や作戦行動中は兵士さん達に弁えさせているらしく、文句を言ったり叱りつけたりというのは、食事時や休暇の時に限られるらしい……そういった部分が部下に慕われて、書類仕事はともかく実力もあって将軍まで上り詰められたのだそうだ。
 ハーロルトさんは、そんなヴェンツェルさんの真似はできないと、裏方担当の情報部隊に徹する事で補佐するのだと漏らしていたらしい……これもマルクスさんからだ。

「ヴェンツェルさんも、色々考えているんですね」
「筋肉にしか興味ないと思っていたけどね、私も行軍についてきて、なんとなく慕われる理由を理解したわ」
「それはちょっと失礼じゃない、フィリーナ? それにしても、兵士さん達の不満かぁ……ヴェンツェルさんとあぁやって話しているだけで、多少は薄れるだろうけど、やっぱり俺達だけ美味しい物を食べるというのは気が引けるよね……」
「だからと言って、全員分は用意できないわよ? 気持ちはわかるけど……誰かに手伝ってもらったとしても、食材が足りないもの」
「そうなんだよねぇ……ふむ、それなら……」
「リクさん、また何かおかしな事を考えていない?」
「おかしな事ってわけじゃないよ。モニカさん、また後でちょっと相談に乗って欲しいんだ。内容は、皆の食事改善……せめて俺達といる時は、美味し物を食べて欲しい、ってところかな」
「何を考えているのかはわからないけど、わかったわ」
「もし改善できるのであればだが……リクは人の心を掴むのが上手いのかもしれないな」
「ほんとそうよね。ヴェンツェル様とは違う方向で、リクは人に慕われるのかもね」

 慕われようとまでは思っていないけど……羨ましそうに見られながらの食事が、居心地悪いと思っただけなんだよね。
 あと、いくら軍としての訓練も兼ねていると言われても、やっぱり自分達だけ美味しい物を食べるというのは気が引けるから。
 モニカさんに相談と言ったけど、大体方法は考えているし、相談というより実際にはお願いに近くなってしまうかもしれないけど……とりあえず、今は用意してくれた料理を食べよう。
 今はヴェンツェルさんが離れて、兵士さん達の気を逸らしてくれているから、食べるなら今のうちだね――。


「ふむ、あれか……」
「外から見ると、なんの変哲もない家にしか見えませんね。しかし、エフライム様達を助け出した時のように、中では違がうのかもしれません。それに、こんな所に家がポツンとあるのは、少々不自然かと」
「そうだな。リク殿、そちらはどうだ?」

 昼食の後、ヴェンツェルさんとマルクスさん、一部の兵士さんを連れて目的の研究施設の偵察へ。
 アメリさんの言っていた、川の近くに家がポツンとあり、周囲が木々に囲まれてひっそりと佇んでいる家を発見。
 王都や他の街と比べても、大差のない家だけど……こんな街や村すらない場所で、家が一軒だけ建っているのはマルクスさんの言う通り不自然だ。
 かと言って、怪しいという程特徴があるわけでもなく、何も情報がなければ首を傾げるだけで見逃していた可能性が高い。

 そんな家を木の陰に隠れながらヴェンツェルさん達が様子を見て、俺が探知魔法で内側を探っている。
 家の周囲には、エフライム達が捕らえられていた時のような見張りはなく、なんの変哲もない家を装っているのか、周辺も含めて静まり返っている……動く物もないから、音を出さないように気を付けないとね。

「……魔物の反応は確かにあります。オーガなのは間違いないですけど、数まではわかりません」

 ヴェンツェルさんに聞かれて、集中して探知魔法で調べた結果を答える。
 オーガは昼食前にも戦ったし、それと全く同じ反応があるから間違いない。
 それに、この反応は……?

「やっぱり、あの家はカモフラージュのためかと思います。地面の下……地下に空間があって、そこにオーガや人間の反応がありますね」
「地下か……それならば外へ研究を漏らさないようにできるか……」
「それと、地上部……家の方ですが、そちらは王都とかにある家と大差はないようですね。多分、何かの偶然で誰かが訪ねて来た時に、隠すためなんじゃないかと」
「そういった事は、情報部隊でもよく使われる手ですね。リクさんには、王都地下の通路を使った先の出口と言えばわかりやすいかと」
「あぁ、あれですね」

 冒険者ギルドに行くため、王都を表立って歩くと人が集まり過ぎるから、避けるために秘密の地下通路を教えてもらった。
 あの通路の先、冒険者ギルドの近くの出入り口は普通の家であるように偽装されていたから、それと似たような事なんだろうね。

「しかし、数はわからないのか?」
「うーん……多くいる、という事くらいしかわかりませんね。人間の方はおそらく五人か六人だと思うんですけど、オーガの方が何体いるのか……固まっているのもありますし、どうも少しおかしな反応なんです」
「おかしな反応とは、どういう事ですか?」

 魔力を探知する魔法だから、その反応によってどこに何があるかを調べるんだけど、人間の方は魔力の質でわかるし、オーガはさっきも調べたからもちろんわかる。
 けど、密集している感じなうえに、ぼんやりとだけど感じた事のない反応があって、詳細には調べられない。
 なんとなく、鉱山で探知魔法を使った時と似たような感覚だ……あの時程反応がわからないわけじゃないけどね。
 ともかく、反応を探る魔法なのに、あちこちどころか全体で幕がかかったような反応があるせいで、詳しく調べるのを阻害されている感じだ。
 さすがに、探知魔法で調べられないための対策とかではないと思うけどね。


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